パワハラ防止隊が贈る心に残ることば
~成長の可能性を秘めるパワハラ加害者(行為者)~
人は努力をしている限り、
間違いを犯すものである。
ゲーテ(劇作家/ドイツ)
~まちがいを犯しているということは、可能性があるということ~
今日は、パワハラ防止隊のパワから「パワハラ防止 vs 心に響く言葉」を紹介します!
パワハラ(パワーハラスメント)は人生の過ちか
パワハラ(パワーハラスメント)は人生の過ちか?という問いに対して、みなさんの心の中にはどのような言葉が浮かんできますか?パワの心に浮かんだ言葉は「自分を成長させるための学ぶ課題」です。つまり、「パワハラ(パワーハラスメント)=人生の過ち」ではないということです。
一方、日本の社会で人を傷つける言動であるパワハラ(パワーハラスメント)は望ましいことではなく、法律でも組織でパワハラ(パワーハラスメント)が起きないような対策を講ずることが定められています。そのため、人として、どのような理由があっても決してパワハラ(パワーハラスメント)をしてはいけないとうことが理解できます。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)を起こした本人の人生の中では過ちであるとは言い切れないものの、社会を支える一人の人としての言動としては望ましくないということになります。
パワハラ加害者(行為者)の言い分
パワハラ加害者(行為者)に対する世間の目は非常に厳しくなり、目的は正しくても、やり方が適切でなかった場合に、パワハラ行為をした人は何かしらの処分の対象となります。その処分を受けたパワハラ加害者(行為者)は処分に100%納得しているかというと、不服とする人も中にはいるのが現状です。
パワハラ加害者(行為者)としての処分を受けた人の中で、処分を不服と感じている人の言い分として多いのが、「部下のためを思って指導した」「組織の利益のために必要なことをした」ということです。パワハラ加害者(行為者)の言い分に嘘はなく、心の底からそのような思いを抱いての言動であることも確かです。
しかし、その思いをパワハラ(パワーハラスメント)に該当するような方法でしか相手に表現できなかった場合は、結果としてパワハラ加害者(行為者)の適切な思いは、誰かを傷つけた、という不適切な事実へと変換されてしまうのです。
努力をパワハラではない方法で表現する
パワハラ(パワーハラスメント)を起こした人の特徴の1つに、「仕事ができる」というのがあるのは皆さんもご存知かと思います。誰よりも仕事に対する熱意が高く、プレイヤーとしての評価は自他ともに認めるほど高くなります。
自分自身にストイックであり、人が見ていないところでも努力をすることで、目を見張るほどの優秀なプレイヤーとして成長します。そして、日本の評価制度や昇進システムにより、この優秀なプレイヤーたちが管理職になった時に、歯車が狂い始めることがあります。歯車が狂い始めた先に起こるのが、パワハラ(パワーハラスメント)であり、誰もが憧れた優秀なプレイヤーが、一夜にしてパワハラ加害者(行為者)になってしまうのです。
誰もが憧れる優秀なプレイヤーが努力に努力を重ね、管理職に就任した時には、自分が努力してきたこと、そして高く評価されてきた仕事の結果は、あくまでも自分だけのものである、ということを理解することが重要です。そして、積み重ねてきたことを部下に伝える時には、相手を尊重し、自分と違う存在であるということを認めた上で、相手の目線に立った物事の伝え方をすることでパワハラ加害者(行為者)になることを防ぐことができるようになります。
今日の最後のことば
私たち人間は、何かの目標に向けてたゆまぬ努力を続けていきます。それは、何のための努力かというと他でもない自分自身のためです。その努力を他人に見せびらかせたり押し付けたりするものではありません。
ケーテが「人は努力をしている限り、間違いを犯すものである。」という有名な言葉を残しているように、私たちは努力をした先に成功だけではなく、間違いをすることもあります。ただ、大切なことは、間違いという機会の捉え方次第で、人の未来は大きく変わっていくことを理解することです。
「過去と他人は変えられない、変えられるのは自分自身である」ことを信じ、パワハラ(パワーハラスメント)を起こさないような努力を続けてまいりましょう!
今日は、パワハラ防止隊のパワから「パワハラ防止 vs 心に響く言葉」をお伝えしました。
出典:「心に火をつける言葉」遠越段著 総合法令市出版