パワハラ防止研修で学ぶ判例~自殺により使用者へ5460万円の賠償命令~

Column – 42
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~自殺により使用者へ5460万円の賠償命令~

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パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。

【目次】

  1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
  2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
  3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
  4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
  5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
  6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
  7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
  8. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~自殺により使用者へ5460万円の賠償命令~
  9. まとめ

 1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。  


当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。  



 2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。  


また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。  


   

 3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景

パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。  


また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。  


裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。  



 4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動

どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。  


職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。



 5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯

裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。  


これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。  



 6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠

パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。  


裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。  



 7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任


■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任

パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。  


一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。  


不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。   


もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。 



 8. パワハラ裁判例~自殺により使用者へ5460万円の賠償命令~


■ パワハラ裁判例~自殺により使用者へ5460万円の賠償命令~

  • 判例のポイント
    • 先輩従業員による若手従業員に対するパワハラ(精神的な攻撃)により、受け手がうつ状態となり、自殺に至った事例
    • 先輩従業員の言動が不法行為とされ、精神的苦痛の慰謝料等の損害賠償責任(Dは55万円、Eは110万円)を認めたが、不法行為と自殺との相当因果関係は認められないとして、自殺についての損害賠償責任までは認めなかった。
    • 使用者については、パワハラを制止・改善せず放置したことや配置転換後の業務内容や業務見直しを検討しなかったことの会社固有の責任(不法行為責任・債務不履行責任)を認め、自殺との相当因果関係も肯定し、自殺についての損害賠償責任(約5460万円)まで認めた。
    • 行為者が10年以上の経験者であるのに対して、受け手が高卒後、入社3年程度であったことが、パワハラの判断に影響したと思われる。

  • 行為者(加害者): D(入社15年以上の女性従業員。経理事務と営業事務のすべてを把握)とE(入社10年以上の女性従業員。経理事務の女性従業員の指導担当)
  • 受け手(被害者): V(高卒で正社員入社した女性従業員。経理事務担当3年後、営業事務に配置転換。配置転換後約2か月で自殺した)

  • 背景
    • Vは、経理事務担当時は数字や日付の入力ミスといった業務上のミスが多く、営業事務に配置転換後はシステムへの入力ミスが多かった。

  • Dの言動
    • Vの配置転換後に指導担当者となったDは、Vのミスがあるたびに、事実確認や注意のためにVを計算室に呼び出して、その際に、(Eの在席時にはEとともに)「何度言ったらわかるの」などと強い口調で注意・叱責した。同じ注意・叱責を何回も繰り返し、相応に長い時間にわたることもあった。

  • Eの言動
    • Vの入社約2年半ころから、経理事務でのミスがあると「てめぇ」「あんた、同じミスばかりして」などと厳しい口調で頻回にわたって叱責した。  
    • Vの親が会社に相談をした後は、「親に出てきてもらうくらいなら、社会人としての自覚を持って自分自身もミスのないようにしっかりしてほしい」と述べた。  
    • Vが営業事務に配置転換された後は、計算室でDとともに叱責したほか、自身でも別途Vを呼び出して叱責した。  

  • Vの状況
    • Vは食欲不振、易疲労感、活動性の減少、興味の喪失がみられるようになり、更に、髪もとかさず、春に冬物のブーツを履いて出かけるなど身なりに構わなくなった(興味と喜びの喪失)。他の従業員と話す際に目が泳いでいるようなときもあった(注意力・集中力の減退)。  
    • Vは、営業事務に配置転換後約2か月で自殺した。   

  • 遺族による提訴  
  • Vの父母が、D・Eのいじめ・パワハラや、会社がこれを放置したこと、Vに配置転換により過重な業務を担当させたことにより、Vが強い心理的負荷を受けてうつ状態に陥り、自殺に至ったとして、損害賠償として、D・E・会社に対し、連帯して合計約6400万円の損害賠償を請求して提訴した。


  • 判決の概要
    • 原審(名古屋地裁)は、DとEの一連の言動が不法行為に該当するとしつつ、うつ病を発症させる程度に過重な心理的負荷であったと評価することはできない等として、叱責行為や会社が適切な対応をとらなかったことと自殺との間の相当因果関係は否定し、精神的苦痛に対する慰謝料150万円のみを認めた。

      これに対し、名古屋高裁は、Vがうつ病を発症して自殺したとして、Dは合計55万円(慰謝料等)、Eは合計110万円(慰謝料等)の支払いを命じた。会社に対しては、D・Eの損害賠償責任について連帯責任を負うほか、会社固有の損害賠償責任として合計約5460万円(逸失利益約3550万円+死亡慰謝料2000万円+葬祭料150万円+親固有の慰謝料200万円から損益相殺分を控除した額)の支払いを命じた。


  • 判決の理由
    • DやEの叱責行為や会社が配置転換後のVの業務内容や業務見直しを検討しなかったことによりVが受けた心理的負荷の程度は全体として強いものであったといえるから、Vがうつ病を発症していたと認められる。
    • DやEの叱責行為は不法行為に該当するが、DやEには自殺の予見可能性がなかったといえるから、両名の叱責と自殺との相当因果関係は否定する(Vの受けた精神的苦痛に対する慰謝料の責任のみ負う)。 
    • 会社はDやEの叱責行為を制止・改善せず放置したことや配置転換後のVの業務内容や業務見直しを検討しなかったという不法行為・債務不履行責任があり、会社には自殺の予見可能性もあったといえるから、会社の不法行為・債務不履行責任と自殺との間の相当因果関係は認められる(Vの受けた精神的苦痛だけでなく、自殺による死亡の慰謝料の責任も負う)。  
    • 原告らは労災補償保険遺族一時金約700万円、葬祭料一時金約52万円などの支給を受けており、この額を損益相殺により控除した額が約5460万円となる。  

 9. まとめ

今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。


近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。  



 最後に

パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。


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