Column – 43
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~うつ病の既往症で自殺の賠償額は3割~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~うつ病の既往症で自殺の賠償額は3割~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~うつ病の既往症で自殺の賠償額は3割~
■ パワハラ裁判例~うつ病の既往症で自殺の賠償額は3割~
- 判例のポイント
- 暴君型の指導担当者によるパワハラ(身体的な攻撃・精神的な攻撃)が一因となって、受け手が自殺した事案。
- 不法行為と自殺との相当因果関係を認め、自殺についての損害賠償を肯定したが、受け手にうつ病既往症があったことなどから、損害賠償額は損害額の3割とされた。
- 市職員の事案のため、国家賠償請求等訴訟となっている。
- 行為者(加害者): D(Vの指導担当者)
- 受け手(被害者): V(Sセンターの管理系業務主任の事務職)
- 背景
- Vは、自らの希望でSセンターに異動したが、異動前に、「うつ病、適応障害を発症し、重症うつ状態レベル」と診断され、89日間の病気休暇を取得していた。
- Dは、職場関係者により、自己主張が強く協調性に乏しい、言葉使いが乱暴でミスをした際には強く叱る、管理係に長く勤務している立場を利用して仕事を独占している、上司にも暴言を吐く、専任である軽量業務の内容に関し他者に引き継いだり教えたりするのを拒否する、同僚の中にはDから嫌がらせを受けた者もいる、SセンターのE管理係長もDに遠慮しているところがあったなどという認識および評価がなされており、職場関係者の中には、Dの行動および発言に苦労させられ、心療内科に通ったことがある者もいた。
- Sセンター所長のFは、Vが「うつ病、適応障害」の病名で89日間の病気休暇を取得していることについて引継ぎを受けておらず、E係長もVの病気休暇取得の事実を知らなかった。
- Dの言動
- Sセンターに異動したVはDとペアを組み、Dと2人で公用車に乗って、銀行への入金・両替業務を開始したが、Dは、Vに対し、指導係として職務について教示をする際、威圧感を感ずるほどの大きな声を出し、厳しい言動で注意をすることがあり、また、Vの脇腹に暴行を加え、およそ3ヵ月にわたり暴言等を継続的に行った。
- 使用者の対応等
- Vは上司のE係長にパワハラを訴えたが、E係長は事実確認をせず、かえって、職場における問題解決を拒否するかのような態度を示した。
- E係長から報告を受けたF所長も事実の確認について指示をせず、DとVがペアを組んでから3か月以上経過したころにようやく、Dが1人で入金・両替業務をする体制に変更した。
- F所長は、DとVがペアを組んでから8か月後に、Vから体調不良や自殺念慮を訴えられたが、自らあるいは部下に命じるなどして主治医等から意見を求めたり産業医等に相談するなどの対処をせずに、自己の判断で勤務の継続をさせた。
- このためVのうつ病が憎悪してVが自殺した。
- Vの遺族の訴え
- Vの両親が市に対して損害賠償請求訴訟を提起した。
- 判決の概要
東京高裁は、市に対し、安全配慮義務違反による国家賠償法1条1項の損害賠償責任として、合計約1920万円等(VおよびVの両親らの精神的苦痛に対する慰謝料およびVの逸失利益等)の支払いを命じた。
- 判決の理由
- 使用者である市は、安全配慮義務のひとつである職場環境調整義務として、良好な職場環境を保持するため、職場におけるパワハラを防止する義務を負い、パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負う。
- E係長やF所長はVからパワハラの訴えに適切に対処していないから、市には職場環境調整義務違反がある。
- F所長は、Vからの体調不良や自殺念慮の訴えに対し適切に対処せずVのうつ病の症状を憎悪させたのであるから、市にはこの点でも安全配慮義務違反がある。
- ただし、以下の2点をあげて、V側の敗因・過失の割合を合計7割として、過失相殺により損害賠償額を3割に減額した。
- Vがうつ病を憎悪させ自殺するに至ったことについては、Vのうつ病の既往症による脆弱性が重大な素因となっていた。
- Vの両親は、Vがうつ病で通院、服用し、Dからパワハラを受け、E係長・F所長が適切な対応をしなかったこと、VがDとペアを組んでから約4か月経過したころからVの不安定な状況や病状悪化等について認識していたから、主治医等と連携をとるなどして、Vのうつ病の症状が悪化しないように配慮する義務があった
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
Contact Usご相談・お問い合わせ
パワハラ行為者への対応、パワハラ防止にお悩みの人事労務ご担当の方、問題を抱えずにまずは私たちにご相談を。
お電話またはメールフォームにて受付しておりますのでお気軽にご連絡ください。
※複数の方が就業する部署への折り返しのお電話は
「スリーシー メソッド コンサルティング」
でご連絡させていただきますのでご安心ください。
※個人の方からのご依頼は受け付けておりません。
一般社団法人
パワーハラスメント防止協会®
スリーシー メソッド コンサルティング
平日9:00~18:00(土曜日・祝日除く)
TEL : 03-6867-1577
メールでのお問い合わせ・詳しいご相談
はメールフォームから