Column – 50
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~メールの執拗な叱責は不法行為と認定~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~メールの執拗な叱責は不法行為と認定~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~メールの執拗な叱責は不法行為と認定~
■ パワハラ裁判例~メールの執拗な叱責は不法行為と認定~
- 判例のポイント
- 上司の部下に対するメールによる執拗な叱責(精神的な攻撃)が不法行為にあたると認定し、行為者に対して慰謝料等約20万円の支払いを命じた判例。
- 行為者(加害者): D1(神経生理学口座の主任教授)、D2(同講座の准教授)
- 受け手(被害者): V1(准教授。昭和54年から平成19年3月まで細胞生理学口座に在籍し、D1教授の誘いを受けて、平成19年4月から神経生理学講座に移籍したが、平成20年3月に退職した。)
- 背景等
- 当大学の細胞性学講座には、平成3年からV1の妻V2が助教として在籍し、10年以上にわたって共同研究を行っていた。
- 平成19年4月に神経生理学講座に移籍したV1准教授は、D1教授の了解を得て共同研究を継続していたところ、平成19年6月ころ、D2准教授の了解を得ずに、D2准教授から新たな実験を提案されて提供されていた酵母(自然界には存在しない改変酵母)を用いて、共同研究で予備実験を行った。共同実験の結果をV2助教のグラント申請に使うことになったことを知ったD2准教授は、憤慨し、D1教授を通じて、V2助教が在籍していた細胞生理学講座の教授に対し、酵母の無断使用に関する連絡を行い、V2助教からメールで謝罪を受けた。
- V2助教は、V1准教授の移籍後、神経生理学講座のV1准教授の居室に頻繁に出入りするようになり、神経生理学講座の旧知の助教から、夫婦が同じ教室で一緒に仕事するについては十分に気を使わないと周りの人が不快な思いをする旨を告げられた。このためV2助教は、神経生理学講座の研究室への出入りを控えるようにした。
- 平成19年8月、V1准教授が食堂の電子レンジで実験用材料を容器に入れて加温したことについて、D2准教授は、V1准教授が遺伝子組換えたんぱく質を使用する研究をしていたことから、遺伝子組換えタンパク質を電子レンジで加熱したものと考えて、V1准教授を注意した。D1教授もメールで同様の指摘をし、電子レンジが買い替えられた。
- 平成19年8月、D1教授がV1准教授に対し、メール等により、共同研究は推進されるべきものであるが、公私混同は忌避されるべき等の指摘を繰り返し行った。このため、V1准教授とV2助教は、共同研究が妨げられる状態にあるものと考えた。
- 平成19年8月下旬、V1准教授が心療内科を受診し、適応障害によるうつ状態との診断を受け、V2助教も、同年9月12日に心療内科を受診し、適応障害との診断を受けた。
- 平成19年9月26日、V1准教授は、選択定年制度により退職することを決意して、大学に退職願を提出し、平成20年3月末付けをもって退職する旨を申し出て、10月19日から約1ヶ月、有給休暇を取得した。
- 平成19年11月9日、D1教授は、V1准教授に対し、休暇明けの勤務について、在宅勤務を勧め、「このままでは、今まで以上に教室の雰囲気に悪影響が出てしまうことを強く懸念します。また、単に出勤の規定事実を作るだけに等しい行為は、教室の士気に甚大な弊害をもたらしますので、最悪です。」と記したメールを送信した。
- これに対し、V1准教授は、メール返信で、在宅勤務は行わず、D1教授の懸念を尊重し、研究室を利用せずに学内の施設を利用し、実験を行う旨を伝えた。
- D1教授、D2准教授およびV1准教授の話し合いが行われたが、D2准教授は、V1准教授が単独で実験を行うことには危険がつきまとうため反対する旨を述べ、D1教授・D2准教授は、V1准教授に対し、D2准教授のもとで実験を行うよう求め、さらに、D1教授は、V1准教授に対し、メールで、今後の勤務形態について、D2准教授の指導のもとで研究室業務に従事するか、在宅勤務とする旨の提案をした。
- その後のD1教授らとの話し合いにおいて、V1准教授が、実験は行わずに、V2助教との共同研究の論文をまとめるべく在宅勤務を行う旨を申し出たところ、D2准教授が、実験を行うべきことと、在宅勤務は正式な勤務形態ではないので許可されるべきではなく、病気が原因であれば休職か病欠とすべきである旨を主張した。これに対して、V1准教授は、在宅勤務を希望し、D1教授は、V1准教授の在宅勤務を許可した。
- 平成19年11月21日、D1教授は、V1准教授に対し、在宅勤務に伴い、居室を明け渡すよう求め、V1准教授は居室を明け渡した。
- V1准教授は、在宅勤務開始後も、学事として学生に対する講義等を行い、V2助教と共同で、神経生理学講座と細胞生理学講座とが共同で運営する実習を担当していた。V1准教授は、実習を受講する学生らのレポートを採点した成績を、当初提出する予定であったR准教授ではなく、V2助教を通じて、生理学実習全体の担当者(講師)に提供したところ、R准教授からの催促を受け、改めてR准教授に提出した。
- D1教授・D2准教授による一連のメール
- 平成19年12月27日、上記採点結果報告の件について、D2准教授が、V1准教授を叱責するメールを、V2助教及びD1教授に出し、以後、平成20年1月4日までの間、D1教授とD2准教授は、V1准教授に対し、相互に呼応しつつ合わせて20件以上のメールを昼夜を分かたず送信した。その内容は、採点結果報告の件についての叱責に端を発しているが、それにとどまらず、V1准教授の一般的な教育研究態度や能力、人格等についてまで非難するもので、その表現も、「私は『教育職』には極めて不適当であると考えます。」「後3ヵ月しかない状況で、しかも在宅勤務という自分勝手な状況を選択しておいて、今更なにが学事に努めるのですか。具体的にどう努めるのですか?」「給料は全額もらって働かず、学生の指導をしているふりをして、迷惑だけをかけるなど身勝手すぎます。」「このような常識も判断できないなら、学生の指導などできないでしょうから今すぐ休職してはどうですか。」等、極めて激しい記述を含むものであった。
- V1准教授は、これらに対して、その都度もっぱらD1教授らの言い分を認めて反省の態度を示す内容のメールを10件も返信しているが、D1教授・D2准教授は、なおも上記のような内容のメールの送信を執拗に続けた。そして、D1教授・D2准教授は、以上のメールのほとんどを、CCの参考送信機能を使用するなどして、R准教授らにも同時送信し、また、そのうちの数件については、V2助教にも送信した。
- V1・V2による提訴
- V1・V2は、D1教授らからパワハラを受けたとして、D1・D2らに対し、慰謝料を請求して提訴した。
- 判決の概要
- 東京高裁は、D1教授・D2准教授の一連のメールが不法行為を構成するとして、D1・D2に対し、20万円の損害賠償を命じた(連帯責任)。
- 判決の理由
- D1教授・D2准教授のメールについて、相当程度の精神的苦痛を与儀なくされたものと認められる。発端となった採点結果報告提出の問題は、V2助教も実習に参加していたのだから、V1准教授の行為が大きな非難に値するものとは考えられず、D1教授らが問題とするV1准教授らについてのその他の事件も、それぞれの時点でV1准教授から反省や謝罪が示され、一応の決着がついている問題であって、一連のメールの時点においてそれを蒸し返す必要性や必然性があったことはうかがうことができない。そうすると、一連のメールは、職場の上司や同僚としての指導、監督助言等として社会的に相当といえる限度を逸脱したパワーハラスメントないし嫌がらせというほかはなく、不法行為を構成するものと認められる。
- V1准教授は、D1教授らのその他の言動も不法行為に当たると主張していたが、損害賠償責任を認めるほどの違法性があったとまでは評価することができない等として、不法行為を構成するものではないとした。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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