パワハラ防止研修で学ぶ判例~パワハラ請求棄却/試用期間解雇無効~

Column – 53
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~パワハラ請求棄却/試用期間解雇無効~

Column – 53

パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。

【目次】

  1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
  2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
  3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
  4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
  5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
  6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
  7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
  8. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~パワハラ請求棄却/試用期間解雇無効~
  9. まとめ

 1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。  


当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。  



 2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。  


また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。  


   

 3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景

パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。  


また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。  


裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。  



 4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動

どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。  


職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。



 5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯

裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。  


これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。  



 6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠

パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。  


裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。  



 7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任


■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任

パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。  


一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。  


不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。   


もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。 



 8. パワハラ裁判例~パワハラ請求棄却/試用期間解雇無効~


■ パワハラ裁判例~パワハラ請求棄却/試用期間解雇無効~

  • 判例のポイント
    • パワハラを否定した判例(パワハラは請求棄却)  

    • 試用期間中の解雇無効は認められている  

    • 受け手に多くの業務上のミスがあった  


  • 行為者(加害者): D1(課長代理)、D2(Vの先輩職員)、D3(事務次長)

  • 受け手(被害者): V(健康管理室の事務総合職。新入職員)

  • 背景等
  • Vは、健康管理室の事務総合職として採用されたが、パソコンに関する実務経験がなかったことから、3ヵ月の試用期間を設け、月に1回面接を行うこととされていたが、入職直後から次のような不適際が多かった。


    • 健康診断問診票の記載内容を、コンピューターに入力する際のミス 

    • 計測結果の入力ミス 

    • 受診者の住所入力不備により、検査結果通知が4通返戻された  

    • ゴム印押印、用紙封入の失念  

    • 順路案内表の記載ミス  

    • 聴力検査における左右逆の計測  

    • D1課長代理やD2が電話中であったり受診者と対応中であっても、「何をすれば良いですか?」と聞くことがあった。  

    • 病歴整理をする際の整理番号書き間違え  

    • 病院外ないし病院内よりの電話への対応における不備(相手先・用件メモ等不備)  


  • Vが主張する同僚・上司の言動
    1. 病院(使用者)が健康管理室において、必要な指導・教育を行わないままVを職務に就かせ、業務上の間違いを誘発させたにもかかわらず、Vの責任としてD1課長代理またはD2が叱責した。  

    2. Vを無視して職場で孤立させるなどのいわれなき職場いじめが始まり、同僚らがそれを日常的・継続的に繰り返した。  

    3. D1課長代理またはD2が、第1回面接において、Vに対し、業務中に他の職員から教えられたこと等のメモは自宅で復習し自らの課題を確認することを指示したにもかかわらず、Vがメモを健康管理室の机に入れたまま帰宅して同指示に従っていないことに対する制裁として、メモを入れたVの机に鍵をかけた。 

    4. 試用期間中の第1回面接および第2回面接において、D1課長代理およびD2次長が退職を強要した。  

    5. Vが病院職員で組織する労働組合に加入したところ、昼の休憩時間の食事中に、D1課長代理が「前に努めていた大学病院はZ党系で、組合員立ち入り禁止と貼ってあった」、「組合員って、権利、権利言うけど、患者の命を放っておいて、何が権利か」などと発言した。  


  • Vの状況と会社の対応等
    • Vの精神状態が悪化するなどし、Vは欠勤し休職届を病院に郵送するなどした。  

    • 病院は、Vに対し「事務能力の欠如により、常勤事務としての適性に欠ける」ことを理由に採用を取り消すとの解雇通知を発送した。


  • Vの提訴
    • Vは、採用取消(解雇)は無効であるとして雇用契約上の地位確認と賃金請求のほか、パワハラ等による安全配慮義務違反または不法行為責任による損害賠償請求をして、提訴した。


  • 判決の概要
    • 東京地裁は➀~➃の言動について不法行為の成立を否定し、安全配慮義務違反または不法行為を理由とする損害賠償請求は棄却した。他方で、解雇は無効とし、Vの労働契約上の地位を認めた。


  • 判決の理由
    1. Vの業務遂行について病院による教育・指導が不十分であったということはできず、Vの事務処理上のミスや事務の不手際は、いずれも、正確性を要請される医療機関においては見過ごせないものであり、これに対するD1課長代理やD2による都度の注意・指導は、必要かつ的確なものというほかない。一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実であり、そのため、D1課長代理が、Vを責任ある常勤スタッフとして育てるため、単純ミスを繰り返すVに対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき常務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない。  

    2. 試用期間中の第1回面接において、D課長代理からVに対して他のスタッフと和気あいあいとやってくれているとの評価がされていること、Vが看護師から、第1回面接のあった日ほかに病歴室で長い間励まされたことからすれば、Vを無視して職場で孤立させるようなことが行われていたと認定するのは困難であり、Vの主張を認めるに足りる証拠はない。  

    3. D1課長代理またはD2が意図的にVの机の引き出しに鍵をかけたとすることは多大な疑問であるし、仮に制裁として机の鍵をかけた事実があったとしても、メモが入ってはいるが貴重品は入っておらず、Vから鍵前屋を呼ぶようにとの要請もなかったことや、Vはメモを見ずとも、入力ミスを指摘されることもなく業務を遂行していることからすれば、不法行為を構成するほどの違法性があるとまではいえない。  

    4. 各面接は、Vの勤務態度・勤務成績に対する評価と、Vにさらに頑張るよう伝える内容のものであり、D1課長代理およびD3次長は、Vを退職させる意思も権限も有していなかったのであるから、退職強要をしたとの事実は認めることはできない。  

    5. D1課長代理が同発言をした前後の経緯が何ら明らかでないために、同発言だけをもってパワハラと認定するには無理があるばかりか、同発言はD1課長代理の経験に基づいた意見を述べているに過ぎないのであって、Vを非難するような内容のものとは解し難く、また、Vの第1回面接および第2回面接並びに日常的な指導について、Vがこれを退職強要またはいじめ・冷遇と捉えていることに対して、D1課長代理が病院業務における業務の厳しさを諭す一例として話した可能性もあり、結局、D1課長代理の発言をもってVに対する不法行為と認定することはできない。  



 9. まとめ

今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。


近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。  



 最後に

パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。


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