Column – 55
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~被害者の解雇が有効と判断された事例~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~被害者の解雇が有効と判断された事例~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~被害者の解雇が有効と判断された事例~
■ パワハラ裁判例~被害者の解雇が有効と判断された事例~
- 判例のポイント
- 問題行動がみられた被害者に対する解雇が有効と判断され、パワハラも否定された事案
- 行為者(加害者): 院長・事務長
- 受け手(被害者): V(内科医長)
- 勤務先: 私立病院(財団医療法人Yが運営)
- 背景等
- Vは、病院の取決めに反し、午前9時とされている外来の診療開始時間をしばしば守らなかった。
- Vは、院長に相談することなく保険適応外であるノロウイルスの抗原検査を行った。
- Vは、分掌された血液透析患者の年金に関する書類の作成を相当程度怠った。
- Vは、必要な手続きを行わずにカルテを借り受けたままにした。
- Vは、個人所有の端末機を無許可で病院のインターネット回線に接続した。
- Vは、病院の指示に反して駐車場所を変更しなかった。
Vには以下のような問題行動が見られた。
- Vの解雇
- Vには上記のような問題行動が見られたため、YはVを解雇した。
- Vが主張するYによるパワハラ
- Vの受持ち患者数を減らした。
- Vよりも医師免許取得が遅く当病院での勤務開始も遅いL医師とVとの人事上の序列を逆転させた。
- 院長により退職勧奨(Vは退職強要されたと主張した)、Yによる解雇の意思表示直後(解雇の効力発生前)に事務長がVに対し退職金を現金で持参し受領するように求めたこと、Yが解雇の効力発生日以前にVに無断で医師会退会届を作成し医師会に提出したこと。
- Vが当病院内で使用する部屋のドア上部に防犯カメラを設置したこと(Vは、YがVの行動を監視するためのものであったと主張した)。
- YがVを解雇し、事務長がVの妻に対して解雇予告の電話をすると述べた(Vは事務長の発言を脅迫に当たると主張した)。
- Vによる提訴
- Vは、Yによる解雇は無効であることと、パワハラおよび不当解雇が不法行為等に構成するとして損害賠償請求をして、提訴した。
- 判決の概要
- 福井地裁は、YによるVの解雇については、Vの就業状況が著しく不良で医師として相応しくないと認められるから就業規則所定の解雇事由があり、解雇権の濫用にもあたらないとし、パワハラの主張については、①~⑤の行為は不法行為ないし債務不履行を構成するものとは認められないとして、Vの請求を棄却した。
- 判決の理由
- Yは勤務する医師らにどのように患者を受け持たせるかを決する裁量権を有している。そして、Vの受持ち患者数の減少程度は、半減といった著しいものではないし、平成15年頃の減少は、Vの異動話が具体的に進められる中で行われたものであり、Vの退職に備えるという合理的理由に基づくものであったと認められる。さらに、平成17年の減少は、その年に発生したVと患者とのトラブルを背景に、患者とのトラブル防止という観点から行われたものと認められ、これについても合理的な理由があるということができる。したがって、Yに裁量権の逸脱・濫用があったとは認められない。
- 使用者の行う人事上の評価は、それを行う使用者側に一定の裁量があることが否定できない。そして、Vは、医師としての経験年数および当病院における勤務年数においてはL医師に優るものの、Vには解雇事由と評価できる事情が認められたのに対し、L医師は、血液透析に係る治療を当病院に本格的に導入し、責任者として同治療の施行と指導にあたるなど評価できる功績があったのであるから、経験年数・勤務年数を踏まえ、これら事情を評価した結果として、YがL医師を当病院のKセンターの副センター長に就けて、人事表上もVとL医師の序列を逆転させたことについて裁量権の逸脱・濫用があったとは認められない。
- 院長からの退職強要を認めるに足りる根拠はない。退職金持参行為に退職を受け入れて貰いたいとの希望が伏在していたとしても、それ自体が社会的相当性を欠く違法なものとはいえない。医師会退会届の作成・提出は、Yの誤解によるものであり、YはVの抗議を受けて退会届を撤回しVに謝罪しており、Vの社会生活に具体的な支障が生じたことも認められないから、不法行為を構成するものとは認められない。
- YがVの行動を監視するために防犯カメラを設置したとは到底認められないし、Vの部屋のドア上部の防犯カメラが映す範囲からすればVに何らかの損害が生じているものとも認められないから、Yによる防犯カメラの設置がVのプライバシー権および人格権を侵害したとは認められない。
- 本件解雇は有効であるし、事務長の発言にVが立腹したことは肯ける面はあるものの、Vに対する脅迫行為を構成する程度のものとは認められず、パワハラに当たるものとも認められない。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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