パワハラ防止研修で学ぶ判例~ブラックな職場の悪質なパワハラ事例~

Column – 56
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~ブラックな職場の悪質なパワハラ事例~

Column – 56

パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。

【目次】

  1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
  2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
  3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
  4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
  5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
  6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
  7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
  8. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~ブラックな職場の悪質なパワハラ事例~
  9. まとめ

 1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。  


当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。  



 2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。  


また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。  


   

 3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景

パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。  


また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。  


裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。  



 4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動

どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。  


職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。



 5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯

裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。  


これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。  



 6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠

パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。  


裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。  



 7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任


■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任

パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。  


一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。  


不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。   


もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。 



 8. パワハラ裁判例~ブラックな職場の悪質なパワハラ事例~


■ パワハラ裁判例~ブラックな職場の悪質なパワハラ事例~

  • 判例のポイント
    • 入社2か月後に過酷な工事現場の作業所に配属され、極めて長時間に及ぶ違法な時間外労働や休日労働に従事し、上司からパワハラを受けていたことについて、会社に対し、安全配慮義務違反・不法行為による慰謝料等(約150万円)の賠償を命じた判例。  

    • いわゆる「ブラック」な職場における、支配的な立場の上司による悪質なパワハラ(身体的な攻撃・精神的な攻撃・過大な要求)の事例。  


  • 行為者(加害者): D(指導係の上司)

  • 受け手(被害者): V(土木部の「養成社員」として入社し、現場作業所で業務に従事)

  • 勤務先: 土木建築会社


  • 背景等
    • Vは、大学卒業後の平成14年4月に「養成社員」として入社した。養成社員は、総合建設業を営む当該会社の関連子会社の経営者の子らであり、当該会社に社員として就労し、建設業を行うにあたって一人前になるよう養成を受けて4,5年で退職し、その後は父親などが経営する建設会社で跡継ぎとなる者である。  

    • Vは入社して2か月足らずで現場作業所に配属された。  


  • Dらの言動
    1. Vに対し、「おまえみたいな者が入ってくるで、M部長がリストラになるんや!」などと、理不尽な言動を投げつけたり、Vが建設株式会社代表取締役の息子であることについて嫌味を言うなどした。また、新入社員でも何も知らないVに対して、こんなこともわからないのかと言って物を投げつけたり、机を蹴とばすなどした。  

    2. Vは、昼休みも休むことを許されず、Dから今日中に仕事を片付けておけと命じられ、他の作業員らの終わっていない仕事を押し付けられるなどして、深夜遅くまで残業し、徹夜勤務になることもあった。W所長は、勤務時間中にリフレッシュと称して度々パソコンゲームをしており、Vの仕事を手伝っていた様子はうかがえない。Vが死亡した日の前日も、Vは徹夜でパソコン作業に当たっていたが、他の従業員らはVの仕事を手伝うことはなかった。なお、Vは体重が十数キロも激減し、絶えず睡眠不足の状態になりながら仕事に専念していた一方で、会社は、時間外労働の上限を50時間と定めて、それを超える残業に対しては何らの賃金も支払わず、Vの残業時間も把握していなかった。このため、Vの父がVの残業を軽減するよう会社に申し入れたが、会社は不十分な対応しかしなかった。 

    3. Vに対し、勤務時間中にガムをズボンに吐きかけたり、測量用の針の付いたポールを投げつけて足を怪我させるなどした。  


  • Vの死亡
    • Vは、終業後にDらと飲酒した後、Dらに求められてDらをそれぞれの自宅まで車で送る際に、畑に突っ込み、その先のコンクリート製の住宅土台部分に衝突して頭部顔面脳損傷により死亡した(事故原因は不明)。なお、同乗していたDらも死亡した。


  • 会社の対応
    • 会社は、本件交通事故がVの飲酒運転が原因であるから会社には一切責任がないと主張した。  


  • Vの遺族による提訴  
    • Vの両親は、会社に対して安全配慮義務違反または不法行為による合計200万円の損害賠償請求をして、提訴した(事故による死亡の損害については賠償請求していない)。  


  • 判決の概要  
    • 津地裁は、会社の安全配慮義務違反の責任と不法行為責任を認め、Vの被った肉体的精神的苦痛に対する慰謝料等として合計約150万円の賠償を命じた。  


  • 判決の理由
    • Vは、入社して2か月間、上司から極めて不当な肉体的精神的苦痛を与えられ続ける過酷な職場環境に置かれていた。このような扱いは、指導、教育からは明らかに逸脱したものである。  

    • Dら上司の言動について、作業所の責任者であるW所長は何らの対応もとらなかったどころか問題意識さえ持っていなかったことが認められ、その結果、会社は何らVに対する上司の嫌がらせを解消するべき措置をとっておらず、このような会社の対応は、Vとの関係で、職場内の人権侵害が生じないように配慮する義務(パワーハラスメント防止義務)としての安全配慮義務に違反しているというほかない。また、このような会社の対応は、不法行為を構成するほどの違法な行為であると言わざるを得ない。 

    • Vが、入社直後からあまりに過酷な時間外労働を、それに見合った割増賃金を支給されることもなく恒常的に強いられ、その上、養成社員という立場であったことからおよそ不平不満を漏らすことができない状況にある中で、上司からさまざまな嫌がらせを受け、肉体的にも精神的にも相当追い詰められていたなかで本件交通事故が発生したことからすれば、Vの両親が、本件交通事故がVの飲酒運転が原因であるから会社には一切責任がないとする会社の態度に憤慨するのも至極当然である。すなわち、このことは、それだけ、Vが強いられてきた時間外労働があまりに過酷で度を超したものであり、上司から受けたさまざまな嫌がらせが極めて大きな肉体的精神的苦痛を与えていたと考えられるほど、違法性の高いものであったことのあらわれである。  



 9. まとめ

今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。


近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。  



 最後に

パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。


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