Column – 60
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~行為者の懲戒解雇は請求棄却~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~行為者の懲戒解雇は請求棄却~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~行為者の懲戒解雇は請求棄却~
■ パワハラ裁判例~行為者の懲戒解雇は請求棄却~
- 判例のポイント
- 部下に対するパワハラその他の4つの非違行為が認められたため、懲戒解雇を受けたところ、行為者が懲戒解雇を争って提訴した事案(精神的な攻撃)で、請求棄却した判例。
- 閉鎖的な職場における精神的な攻撃の事例。
- Vが被害を訴えたメールとVが受診した精神科医師の診療録がパワハラの事実認定にとって重要な証拠となった。
- 行為者(加害者): D(電算課課長心得)
- 受け手(被害者): V(病院事務部に在籍し、電算室でDと2人で業務を行うことも多かった)
- 勤務先: 複数の病院を付属施設として有する財団法人の電算課
- 背景
- Dは平成13年4月から電算課の課長心得であり、上司は病院事務長であった。
- 電算課所属の従業員はDとEであり、Dは地下一階の電算室に常時詰めて執務していた。
- 電算室で執務していたのは、DとEのほか病院事務部のVがおり、EとVは、電算室での業務と病院関係の業務(電算室外)を半分ずつ程度の割合で行っていた。
- 財団では、年次有給休暇取得の定めに希望日の1週間前までに所属長(Dの場合は事務長)の承認を得ることと規定されているが、Dは、事務長の承認を得ないことが多く、事務長がDに対し、2回にわたり書面で注意、指導していた。それでもDは従わず、3回にわたり、電算課のEに連絡したのみで欠勤した。
- Dは、私物のパソコン12台を持ち込んで執務を行っていたところ、財団理事長が、書面で私物のパソコンを早急に引き上げ、当該私物のパソコンに財団のデータが保存されている場合、財団にそれを引き渡すこと、業務には財団所有のコンピューターを使用することを指示するとともに、個人情報保護法の観点から、電算室内に個人所有のコンピューターを持ち込むことを禁止した。
- 財団では病院情報システムをTJ社の新システムに変更することが検討され、各部署の長が出席する連絡会が開催され、Dも電算課の責任者として連絡会に出席した。この席でDは、今から新システムを導入するのは間に合わない、自分としては責任を持てない旨発言し、院長から、責任を持てないのならば、新システムの導入を担当する必要はない旨告げられた。このため、Dは電算課の課長心得という立場にあるにもかかわらず、新システムを導入するための委員会である新医療情報システム導入委員会の構成員に加わらないこととなった。
- Dの非違行為
- (パワハラ)Vは事務長の指示で、電算室で、S社の健診システムのテスト業務を行っていたが、システム障害が次々に起こり、1年近くたってもテスト業務が終了できなかった。Vと電算室で二人きりで業務を行うことが多かったDは、このような状況を見て、Vに対し、苛立った様子で、「1年近くやっているんだから、さっさと終わらせろ」などと言った。また、冗談交じりの言い方で、「S社の社員じゃないの」とか「S社から給料もらってるんじゃないの」などと皮肉めいたことを言った。
結局、S社の健診システムは採用されず、違約金を支払って中途解約されたが、Dは、必要がないにもかかわらずS社に違約金を支払ったとして、事務長の対応を背任行為に当たるなどと非難していた。そのような中、DはVに対し、別の業者の担当者とVが連絡を取り合い背任の片棒を担いでいる等と罵るようになった。また、Vが、TJ社の新システムの導入に関して、事務長から命じられて各部署のヒアリングを行っていたことについて、「君はどういった権限でそのようなことをこそこそとやっているんだ。」「これ以上そのような行動をとるなら宣戦布告をするからな。」「今の状況ならV君はここにはいらない。」などと言った。このようなDの言動を苦痛に感じたVは、欠勤するに至り、事務長に対し、メールで状況を訴えた。
その後もDは、Vに対し、「パソコンの解像度が変わってる。V君が覗いているんだろう。」「インターネットの履歴を見て事務長に告げ口してるだろう。」「事務長の犬が。」などと罵った。更に、DがVに事前に日時を伝えて指示していた作業の現場にDが作業開始してもVが現れなかったことから、その後にあらわれたVに対し、「どこに行ってたんだ。」「どこから給料をもらってんだ。」「わざと(作業のときに)いなくなった。」「もういいから、しなくていい。」などと怒った。Vは早退してしまい、約2か月半にわたり欠勤した。Vはうつ病と診断され、都合8回、精神科に通院し、事務長に退職したい旨申し出て事務長が遺留することもあった。
- 出席資格がない新システム導入委員会に出席しようとし、事務長から「退出しないと業務命令違反になる」と退出を命じられたが従わずに「出席させろ。」と居直り、委員会の開始が10分遅れた。
- 漏水の危惧に床に穴を開けて対応したいという要望が専門家の意見により受け入れられなかったところ、会社に無断で、電動ドリルで床に穴を開けた。
- (無断欠勤)上司への連絡許可を怠り課員への連絡で済まして欠勤した。
- 事業無視の対応・提訴の事情等
- 会社は、①~④などの事由をあげてDを懲戒解雇した。
- Dの敗訴
- Dは、懲戒解雇無効と、残業代の未払い賃金支払等で訴訟提起した。
- 判決の概要
- 東京地裁は、懲戒解雇を有効とした(懲戒解雇無効に関する請求は棄却)。
- 時間外、深夜、休日の割増賃金請求約334万円は認めた。
- 判決の理由
- 4つの非違行為を認定して、①は、言動の内容自体からしても、先輩職員からの指導というレベルを逸脱し個人攻撃の域に達していることは明らかであるから、いわゆるパワーハラスメントというべきものであると認められるから、重大な非違行為といえる。
- Dは①の言動を否定しているが、東京地裁は、Vの事務長にあてたメールやVが通院していた医師の診療録などを証拠として採用し、認定した。Vのメールについては、「Vがあえて虚偽の事実を述べる動機もなく、その内容も迫真性に満ちたものであって、充分に信用することができる」とした。
- ③についても、それ自体重大な非違行為であり、②③についてはそれ自体では直ちに懲戒解雇に該当するとは言えないとしても、軽視することができない規律違反行為である。
- 以上を総合すると、上記各事実を懲戒事由とする本件懲戒解雇には合理的な理由があるというべきであるし、それが社会通念上相当性を欠くということもできない。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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