Column – 68
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~軽口を繰り返し慰謝料等支払い判決~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~軽口を繰り返し慰謝料等支払い判決~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~軽口を繰り返し慰謝料等支払い判決~
■ パワハラ裁判例~軽口を繰り返し慰謝料等支払い判決~
- 判例のポイント
- 正社員(監督業務)の派遣労働者の派遣労働者に対する、支配・被支配といえる人間関係におけるパワハラ(精神的な攻撃)の事例で、行為者と会社に対し、慰謝料等33万円の支払いを命じた判例。
- 指導に不随してなされた軽口であっても、受け手から当惑や不快の念が示されているのに、これを繰り返し行う場合には、違法性を帯びるに至ると判示している。
- ただし、行為者には強い害意や常時嫌がらせの指向があるというわけではなく、言動としても受け止めや個人的な感覚によっては単なる軽口として聞き流すことも不可能ではない、グレーゾーンに近い事例であることから、慰謝料額は30万円にとどまった。
- 発覚後の会社の対応には、迅速に受け手の事情聴取を行わず、しかも受け手の事情聴取よりも先に行為者の事情聴取を行うなどの不手際があり、これが紛争の深刻化を招いた可能性がある。
- 行為者(加害者): D1・D2(正社員の製造ライン責任者。Vら作業担当者に対する作業指示・監督業務に従事)
- 受け手(被害者): V(工場勤務の派遣労働者で、試薬の製造に伴う機械操作および付帯作業に従事)
- 勤務先: 医薬品試薬等輸出入製造販売の会社
- D1・D2の言動
- Vは、日中の業務引継ぎでD2から指示された業務を夜勤務においてしていたところ、D1の指示に基づきこれを止めた。これに対して、D2が命令批判として非難した。
- 派遣労働者のせいで生産効率が低下したとD2が上司に説明後、D2が、作業改善し生産効率が上昇すればD2の成果にできるとし、生産効率を落とすようにVに行った。
- プログラムの変更作業を指示通りしていなかったとして、D2がVを叱責し、「殺すぞ」と述べた。
- 機械の清掃の際にVが洗浄液をこぼした上、これを丁寧に拭き取らずこれを咎め、唐突に「殺すぞ」などと述べた。
- 体調不良でVが欠勤した際、D2がVに対し、仮病でパチンコに行っていたとの疑いをかけた。
- D1・D2が、Vが所有する車両に関し、「塩酸をこうチョロ、チョロ、チョロ」などと危害を加えるかのようなことを述べた。
- D2が、Vが所有する車両(コペンという車名)に関し、「むかつくわコペン。かち割ったろか」などと述べた。
- ④の際に、D2が「あほ」などと述べた。
- D2が、職場の機械の故障音になぞらえ、Vが所有する車両に関し、「コペン壊れた?」「コペンボコボコになった?」などと述べた。
- D2が「今日、派遣が一人やめましたわ」などと述べた。
- VがD2に挨拶した際、D2が咳き込み「ごほ、ごほ、ごほ」と応答した。
- D2がVに対し「髪の毛、もっとチリチリにするぞ」、「ライターで」などと述べた。
- 会社の対応等
- Vが、派遣元会社に対し、派遣先の会社の従業員からパワハラ行為を受けている旨の申告をした。
- 申告を受けた派遣元会社は、派遣先会社に対して苦情申出をして、同社が本件を認識した。
- 派遣先会社は、派遣元会社に担当者2名を差し向けて、派遣元会社の事情聴取を行った。
- 派遣先会社は、監視を強化したが、Vに対する事情聴取は行っていなかった。
- Vは、上記申告の約2か月後に、滋賀県紛争調整委員会にあっせん申請を行った。
- あっせんの通知が届いた3日後、派遣先会社は、人事労務部門管理を行っていた管理職が、製造ラインの責任者から事情聴取を行い、翌日、D2らから事情聴取を行った。事情聴取において、D2は、あっせん申請書に記載されていたパワハラの各言動については、記憶がなく仮にあったとしても冗談で言った、記載されている発言はしていない等と述べ、入社当初は厳しく指導したことはあったが、現時点では現場環境は良好であると述べた。
- 人事労務管理職は、Vにも事情聴取し、その際に、監視を強化したが、Vの苦情内容に沿う事実は見受けられなかった旨、および今後も共に仕事をしていくのだから自分や製造ラインの責任者に相談してもらいたい旨を述べた。
- Vによる提訴
- Vは、会社に対し、使用者責任および会社固有の不法行為に基づく損害賠償として慰謝料200万円を請求し、提訴した。
- 判決の概要
- 大阪高裁は、①~⑨につき、包括して不法行為が成立し、Y社も使用者責任を負うとして、D1・D2とY社に対し、33万円(慰謝料30万円+弁護士費用3万円)等の支払を命じた(連帯責任)。
- 派遣先会社固有の不法行為責任については、否定した。
- 判決の理由
- ①~④監督者は、労務遂行上の指導・監督を行うに当たり、粗雑で極端な言辞をもってする指導が当該監督を受ける者との人間関係や当人の理解力等も勘案して、適切に指導の目的を達しその真意を伝えているかどうかを注意すべき義務がある。なお、「殺すぞ」というような極端な言辞は、仮に「いい加減にしろ」という叱責であり、D2が日常的に荒っぽい言い方をする人物であることや実際に危害を加える具体的意思はないことを被監督者が認識していたとしても、特段の緊急性や重大性を伝えるという場合のほかは、被監督者が受忍を強いられるいわれはないところ、本件では、特段の緊急性や重大性はうかがわれない。
- ⑤~⑨「指導に不随してなされた軽口ともみえる発言」」といえるが、「それが1回だけといったものであれば違法とならないこともあり得るとしても、Vによって当惑や不快の念が示されているのに、これを繰り返し行う場合には、嫌がらせや時には侮辱といった意味を有するに至り、違法性を帯びるに至る」。本件では、「監督を受ける者に対し、極端な言辞をもってする指導や対応が繰り返されており、全体としてみれば、違法性を有するに至っている」
- ➉~⑫ D2に悪意や他意があるとまではうかがわれないから、極めて不適切で度を超した発言であるとまではいえない。/⑪(VはD2があえて無視したと主張しているが)経緯や態度等になお不明な点もあり、これのみを抜き出し、あえてD2がVを無視した会話内容であるとまで認めるには足りない。/⑫その前後の遣り取りを通じてみると、この発言は冗談であるとして受け流されているものとみられ、極めて不適切とまではいえない。
- 【慰謝料額の算定に関する考慮事項】
D1・D2らが正社員でVが派遣社員であることも手伝って、両者の人間関係は基本的に反論を許さない支配・被支配の関係となっていたということができる。D1・D2の言辞を個別にみるときには不適切というに止まるものもあるが、中にはVがその種の冗談は明らかに受け入れられないとの態度を示しているのに、繰り返しなされている部分があるのであって、一方的に優位な人間関係を前提に、融通の利かない生真面目な性格を有するVに対する言辞としては、社会通念上著しく相当性を欠きパワーハラスメントと評価することができるといわざるを得ない。ただし、D2らの発言は監督者として、態様および回数において、不注意な逸脱部分はあるものの、Vに対する強い害意や常時嫌がらせの指向があるというわけではなく、態様としても受け止めや個人的な感覚によっては、単なる軽口として聞き流すことも不可能ではない、多義的な部分も多く含まれていることも考慮すべきである。 - 【Vが主張した派遣先会社固有の不法行為責任について】
Vからの事情聴取が迅速に行われたとは言い難い。しかし、D1・D2からの事情聴取の結果、同日時点での職場環境は良好で、具体的な問題が起きていなかったというのであり、派遣先会社の当時の認識からすれば、Vの受け止めの問題とも解する余地があったということもできる。苦情申出の事実認識後1か月のうちに、Vから事情聴取を行わず、監視強化を行うに止まったことや、あっせん申請書到着後、まずはVから事情聴取を行わなかったことが、直ちに派遣先会社固有の不法行為を構成するとまで断定するのは困難である。したがって、派遣先会社固有の不法行為に基づく請求部分は理由がない。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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