Column – 69
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~業務遂行能力が低い被害者へ慰謝料~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~業務遂行能力が低い被害者へ慰謝料~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~業務遂行能力が低い被害者へ慰謝料~
■ パワハラ裁判例~業務遂行能力が低い被害者へ慰謝料~
- 判例のポイント
- 療養復帰直後の受け手に対するパワハラ(精神的な攻撃)の事案について、行為者と会社に対し、慰謝料等110万円の支払いを命じた判例
- パワーハラスメントに該当しないとして不法行為責任を否定した言動もかなりある。
- 受け手は、業務遂行能力がかなり低く、役席に期待される水準の仕事ができていなかった。
- 受け手にとって精神的に負担となるような叱責は、療養復帰直後で後遺症等が存する者に対する場合には、特に精神的に厳しいものと判断されている。
- パワハラから2年後に受け手が退職しており、パワハラと退職との相当因果関係は否定した。
- 行為者(加害者): D1(支店長代理)・D2(営業本部お客様サポートセンター長)・D3(人事総務部長代理)
- 受け手(被害者): V(大卒後、信金、印刷会社、信組などを経て平成14年に47歳で入行)
- 勤務先: 銀行
- 背景等
- Vは平成18年に脊髄空洞症等に罹患して約3か月入院し、約2か月間の自宅療養を経て職場復帰した。
- 争点となった言動は、Vの職場復帰後になされたものである。
- 病気とその後遺症を患うVが長時間の自動車運転をすることによる交通事故のリスクや、Vの業務遂行能力がかなり低く、出先のトラブルを予防する必要があったことから、Vは渉外係(外勤)から支店融資係(内勤)に異動となり、VはD1支店長の部下となった。
- しかし、Vの事務能力やD1支店長代理との関係、支店の繁忙度などから、Vは約6か月でお客様サポートセンターに異動となり、D2センター長の部下となった。
- 更に、Vの事務作業が遅く、周囲の従業員との関係およびVが居眠りをして対策が必要であるとの判断から、約5か月で、業務内容が固定的で残業のない部署であるリスク統括部現金精査室に異動(単身赴任)となった。
- それまでVの後遺症の詳細までは把握していなかった銀行は、現金精査室移動後にVの説明を受けて詳細な病状を把握し、また、Vが身体障碍者等級4級と認定されたこともあり、約2.5か月で人事総務部に異動(単身赴任)となり、VはD3部長代理の部下となった。人事総務部には約1年3か月所属した(単身赴任)。
- 裁判所が認定した支店融資係在籍時のD1支店長代理の言動
- ①ミスをしたVに対し、「もうええ加減にせえ、ほんま。代弁の1つもまともにできんのんか。辞めてしまえ。足がけ引っ張るな」、「一生懸命しようとしても一緒じゃが、そら、注意しよらんのじゃもん。同じことを何回も何回も。もう、貸付は合わん、やめとかれ。何ぼしても貸付は無理じゃ、もう、性格的に合わんのじゃと思う。そら、もう1回外出られとった方がええかもしれん」、「足引っ張るばあすんじゃったら、おらん方がええ」などと言った。
- ②延滞金の回収ができず、代位弁済の処理もしなかったVに対し、「今まで何回だまされとんで。あほじゃねんかな、もう。普通じゃねえわ。あほうじゃ、そら」、「県信から来た人だって・・そら、すごい人もおる。けど、僕はもう県信から来た人っていったら、もう今は係長・・だから、僕がぺけになったように県信から来た人を僕はもうペケしとるからな」などと言った。
- ③ミスをしたVに対し、「何をとぼけたこと言いよんだ、早う帰れ言うからできん。冗談言うな」、「鍵を渡してあげるからいつまでもそこ居れ」、「何をバカなこと言わんべ、仕事ができん理由は何なら、時間できん理由は何なら言うたら、早う帰れ言うからできんのじゃて言うたな自分が」などと言った。
- ④Vに対し、(他人と比較して)Jさん以下だという趣旨の発言をした。
- Vが主張したサポートセンター在籍時のD2センター長の言動
- ⑤Vに対し、仕事が遅いとことあるごとに言った。
- ⑥債務処理紛失の責任をVに押し付けた。
- ⑦Vの居眠りについて注意した(Vは多量服薬等で意識が遠のくことがあったなどと主張)。
- ⑧Vの仕事を取り上げた。
- Vが主張した人事総務部在籍時のD3部長代理の言動
- ⑨Vに対し、どこに行っていたと言うなど、一挙一動について毎日詰められた。
- ⑩Vに対し、仕事がのろいと言った。
- ⑪手順を踏まなかったVを叱責するにあたり、「ウソをついた」、「予め見せなかった」などといって物を投げたり、机をけとばしたり、ペンを机に突き立てたりするなど威嚇した。
- Vの退職
- Vは、人事総務部に異動した翌年に、不安抑うつ状態により4回通院して欠勤するなどし、人事総務部への異動から約1年3か月後に、辞表を提出して選択定年退職した。
- Vによる提訴
- Vは、D1ら上司のパワハラにより退職を余儀なくされたとして、上司らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求をするとともに、銀行に対し、使用者責任とともに、頻回にわたり配転命令を出した安全配慮義務違反(健康管理義務違反)による固有の不法行為責任を主張して、提訴した。
- 判決の概要
- 岡山地裁は、D1支店長代理の言動(①~④)につき不法行為責任を肯定したが、D2センター長およびD3部長代理の各言動(⑤~⑩)についてはパワーハラスメントに該当しないとして不法行為責任を否定した。なお、D1支店長代理の不法行為とVの退職との間に相当因果関係は認められないとして、退職による損害(逸失利益)の賠償は否定したため、認容額は150万円(Vの精神的苦痛に対する慰謝料100万円+弁護士費用10万円)等となった。
- 銀行については、使用者責任によりD1支店長と連携して損害賠償責任を認めた(連帯責任)。
- 銀行が頻回にわたって配転命令を出したことについての不法行為責任は否定した。
- 判決の理由①
- D1支店法代理の言動①~④が不法行為に当たるか
- D1支店長は、ミスをしたVに対し、厳しい口調で、辞めてしまえ、Jさん以下だなどといった表現を用いて叱責していたことが認められ、それも1回限りではなく、頻繁に行っていたと認められる。
- Vが「通用に比して仕事が遅く、役席に期待される水準の仕事ができてはいなかったとはいえる」が、「本件で行われたような叱責は、健常者であっても精神的にかなりの負担を負うものであるところ、脊髄空洞症による療養復帰直後であり、かつ、同症状の後遺症等が存するVにとっては、さらに精神的に厳しいものであったと考えられる」し、それについてD1支店長が全くの無配慮であったことに照らすと、V自身の問題を踏まえても、D1支店長の行為はパワーハラスメントに該当するといえる。
- 判決の理由②
- D2センター長の言動が不法行為に当たるか
- ⑤は、「当該事実の存在を認めるに足る証拠はない」
- ⑥は、「責任を押し付けようとしていたとは考え難い」
- ⑦と⑧は、そのような事実は認められず、仮にそのような事実があったとしても、仕事を勤務時間内や期限内に終わらせるようにすることが上司であり会社員であるD2センター長の務めであると考えられることや、本件でD2センター長の置かれた状況に鑑みれば、多少口調がきつくなったとしても無理からぬことなどから、Vの病状を踏まえても、それだけでパワーハラスメントに当たるとはいえない。
- 判決の理由③
- D3部長代理の言動が不法行為に当たるか
- ⑨は、一挙一動について毎日詰められたとの事実までは認められず、Vが勤務時間内に勤務場所にいなかったためにD3部長代理が「どこに行っていた」と質問したことは業務遂行上必要な質問であるといえ、「仮に厳しい口調となっていたとしても、これをもってパワーハラスメントとは認められない」
- ⑩は、1回だけであり、⑪は、D3部長代理がVを注意する際にV主張のような行動をとったとは認められないから、注意、指導の限度を超えたものということはできず、パワーハラスメントに該当するとは認められない。
- 判決の理由④
- 頻回にわたる配転命令が銀行による不法行為に当たるか
- 短期間で各部署へ移され、その結果、各部署で不都合が生じたことから次の異動を行ったという場当たり的な対応である感は否めないものの、能力的な制約のあるVを含めた従業員全体の職場環境に配慮した結果の対応であり、もとより従業員の配置転換には被用者にある程度広範な裁量が認められていることにも鑑みると、銀行に安全配慮義務違反(健康管理義務違反)があるとして不法行為に問うことは相当ではない。
- 判決の理由⑤
- 退職との相当因果関係
- D1支店長の各行為は不法行為であるが、VがD1支店長と勤務していたころからVの退職まで2年近くの期間があることからすると、D1支店長と銀行の行為によりVが退職を余儀なくされたとは言い難い(D1支店長の不法行為とVの退職との間に相当因果関係は認められない)。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
Contact Usご相談・お問い合わせ
パワハラ行為者への対応、パワハラ防止にお悩みの人事労務ご担当の方、問題を抱えずにまずは私たちにご相談を。
お電話またはメールフォームにて受付しておりますのでお気軽にご連絡ください。
※複数の方が就業する部署への折り返しのお電話は
「スリーシー メソッド コンサルティング」
でご連絡させていただきますのでご安心ください。
※個人の方からのご依頼は受け付けておりません。
一般社団法人
パワーハラスメント防止協会®
スリーシー メソッド コンサルティング
平日9:00~18:00(土曜日・祝日除く)
TEL : 03-6867-1577
メールでのお問い合わせ・詳しいご相談
はメールフォームから