Column – 72
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~パワハラ否定し慰謝料を大幅減額判定~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~パワハラ否定し慰謝料を大幅減額判定~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~パワハラ否定し慰謝料を大幅減額判定~
■ パワハラ裁判例~パワハラ否定し慰謝料を大幅減額判定~
- 判例のポイント
- 原審(鳥取地裁)では認められていたパワハラの多くを否定し、慰謝料額を大幅減額した(約300万円の判決だったのを約10万円とした)。
- 受け手に多くの問題行動がみられた。
- 試用期間中の解雇無効は認められている。
- 行為者(加害者): D1(人事課長)、D2(Fユニット担当部長)
- 受け手(被害者): V(「新準社員」と称される契約社員。Fユニット所属、平成18年7月11日より清掃会社に出向)
- 勤務先: 電機メーカー
- 背景等
- イ. 女子ロッカールームにおいて「Aさんは以前会社のお金を何億も使い込んで、それで今の職に飛ばされたんだで、それでD1課長も迷惑しとるんだよ」などと述べて同僚のAを中傷する発言をした。
- ロ. 会社のE取締役に対し、「Fユニットでサンプルの不正出荷をしている人がいる」、「Vに対して会社が辞めさせるように言っている」、「人事担当者が従業員に県外出向を強要している」、「準社員や社員の中には、人事担当者をドスで刺すという発言をしている人がいる」などと述べ、従業員の県外出向という会社がとる施策につき、労使間のルールを無視して、会社の役員に対し、脅迫的な言辞などを用いて当該施策を妨害・中止させようとするなどした。
- ハ. 上司や役員を「くん、ちゃん」付けで呼んだ。
Vは、以下のような複数の問題行動を起こしていた。
- Vが主張するD1課長の言動
- Vのイとロの問題行動につき注意・指導の必要があると考えたD1課長が、Vを人事課会議室に呼び出して、他の課長とともに面談を実施した際、Vが、ふて腐れ、横を向くなどの不遜な態度を取り続けたため、D1課長が、腹を立て感情的になり大きな声を出して叱責するなどし、「いいかげんにしてくれ、本当に。変な正義心か何か知らないけど、何を考えているんだ、本当に。会社が必死になって詰めようとしても行ってみい」、「自分は面白半分でやっているかもわからんけど、名誉毀損の犯罪なんだぞ」、「それから誰彼と知らず電話をかけたり、そういう行為は一切これからはやめてくれ。今後そういうことがあったら、会社としてはもう相当な処分をする」、「あなたは自分のやったことに対して、まったく反省の色もない。微塵もないじゃないですか。会社としてはあなたのやった行為に対して、何らかの処分をせざるをえない」、「何が監督署だ、何が裁判所だ。自分がやっていることを隠しておいて、何が裁判所だ。とぼけんなよ、本当に。俺は、絶対許さんぞ」などと発言した。なお、Vは、面談室での会話をD1課長らに秘して録音していた。
- 会社が、イ、ロの問題行動について注意喚起するため、Vとの契約更新の際、Vに対して、「新準社員就業規則の懲戒事由に該当する行為が見受けられた場合は、労使懲戒委員会の決定を受け、譴責以上の懲戒処分を下す。その処分内容は、当該事由の程度によって判断するが、即時懲戒解雇もあり得る。(1)人格および名誉を傷つける言動をした時、(2)会社経営に関する虚偽事実を宣伝流布した時、あるいは誹謗中傷した時、(3)その他、新準社員就業規則に定める懲戒事由に該当した時」と記載した「覚書」に署名押印を求めた。また、異動発令日に再度同趣旨の覚書に署名押印を求めた。
- Vが出向する直前の待機期間中に、Vに通常の業務がないことから、次の職場でもイ、ウの問題行動を起こさないために就業規則等の社内規定類の理解を促そうと考えたD2部長が、Vに対し、社内規定類を精読するように指示し、5日間にわたり会議室で社内規定類を精読させた。
- D2部長が、Vに清掃業務を主たる目的とするK社への出向を指示した。
- Vの人事評価が「C」であるとして、会社が給与を減額した。
- Vの状況と会社の対応等
- Vの精神状態が悪化するなどし、Vは欠勤し休職届を会社に郵送するなどした。
- 会社は、Vに対し「事務能力の欠如により、常勤事務としての適性に欠ける」ことを理由に採用を取り消すとの解雇通知を発送した。
- Vの提訴
- Vは採用取消(解雇)は無効であるとして雇用契約上の地位確認と賃金支払いを請求し、また、D1らのパワハラ等が不法行為を構成するとして、D1課長・D2部長と会社に対して損害賠償請求をして、提訴した。
- 判決の概要
- 原審(鳥取地判 平20.3.31)は、①以外の言動についても不法行為が成立するとしてD1らと会社に対して慰謝料300万円の支払いを命じていたが、広島高裁松江支部は、①の言動についてのみ不法行為の成立を肯定し、D1課長と会社に対し、慰謝料10万円の支払いを命じた(連帯責任)。
- 判決の理由
- D1課長が他の課長とともにVと面談に及んだのは、企業の人事担当者が問題行動を起こした従業員に対する適切な注意、指導のために行ったものであって、その目的は正当であるといえるが、「D1課長が、大きな声を出し、Vの人間性を否定するかのような不相当な表現を用いてVを叱責した点については、従業員に対する注意、指導として社会通念上許容される範囲を超えているものであり、Vに対する不法行為を構成する。慰謝料の額については、VがD1課長に秘して会話を録音しつつ不遜な態度を取り続けたことに誘発されて、D1課長が感情的になって大きな声を出した面があるという経緯などからすれば、相当低額で足りる。
- 会社は、労働契約更新直前の1年間において、Vにはイとロの「問題行動があったことから、注意を喚起する必要があると考えて」、覚書に署名押印を求めたのであり、その記載内容も必ずしも不当であるとはいえず、裁量の範囲内の措置といえるから、会社の行為は不法行為を構成するとはいえない。
- D2部長がVに対して社内規定類の精読を指示したのは、Vにイ、ロといった「職場のモラルや社員としての品位を著しく低下させる行為」が認められたことから、次の職場でも問題を起こさないためにも社内規定類の理解を促す必要があると考え、出向直前の待機期間における指導の一環として行ったものであり、懲罰の意図あるいは退職を促す意図に基づくものとまでは認め難く、社会通念に照らして相当な措置であって、Vに対する不法行為を構成するものであるとはいえない。
- 会社がVに対してK社への出向を命じたことは、Vを退職させようとの意図に基づくものではなく、Vの就労先確保のための異動であり、企業における人事施策の裁量の範囲内の措置であって、Vに対する不法行為を構成するものであるとはいえない。
- Vに対する人事評価は、会社における人事評価制度および労働組合との間で締結した基準に従ったものであるところ、Vへの「C」評価が不当であることを窺わせる事情は見当たらないことからすれば、企業における人事評価の裁量権を逸脱したものであるとはいえず、Vに対する不法行為を構成するとはいえない。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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