パワハラ裁判例~軽口を繰り返し慰謝料等支払い判決~
パワハラ裁判例~軽口を繰り返し慰謝料等支払い判決~
パワハラ裁判例~軽口を繰り返し慰謝料等支払い判決~
- 判例のポイント
- 正社員(監督業務)の派遣労働者の派遣労働者に対する、支配・被支配といえる人間関係におけるパワハラ(精神的な攻撃)の事例で、行為者と会社に対し、慰謝料等33万円の支払いを命じた判例。
- 指導に不随してなされた軽口であっても、受け手から当惑や不快の念が示されているのに、これを繰り返し行う場合には、違法性を帯びるに至ると判示している。
- ただし、行為者には強い害意や常時嫌がらせの指向があるというわけではなく、言動としても受け止めや個人的な感覚によっては単なる軽口として聞き流すことも不可能ではない、グレーゾーンに近い事例であることから、慰謝料額は30万円にとどまった。
- 発覚後の会社の対応には、迅速に受け手の事情聴取を行わず、しかも受け手の事情聴取よりも先に行為者の事情聴取を行うなどの不手際があり、これが紛争の深刻化を招いた可能性がある。
- 行為者(加害者): D1・D2(正社員の製造ライン責任者。Vら作業担当者に対する作業指示・監督業務に従事)
- 受け手(被害者): V(工場勤務の派遣労働者で、試薬の製造に伴う機械操作および付帯作業に従事)
- 勤務先: 医薬品試薬等輸出入製造販売の会社
- D1・D2の言動
- Vは、日中の業務引継ぎでD2から指示された業務を夜勤務においてしていたところ、D1の指示に基づきこれを止めた。これに対して、D2が命令批判として非難した。
- 派遣労働者のせいで生産効率が低下したとD2が上司に説明後、D2が、作業改善し生産効率が上昇すればD2の成果にできるとし、生産効率を落とすようにVに行った。
- プログラムの変更作業を指示通りしていなかったとして、D2がVを叱責し、「殺すぞ」と述べた。
- 機械の清掃の際にVが洗浄液をこぼした上、これを丁寧に拭き取らずこれを咎め、唐突に「殺すぞ」などと述べた。
- 体調不良でVが欠勤した際、D2がVに対し、仮病でパチンコに行っていたとの疑いをかけた。
- D1・D2が、Vが所有する車両に関し、「塩酸をこうチョロ、チョロ、チョロ」などと危害を加えるかのようなことを述べた。
- D2が、Vが所有する車両(コペンという車名)に関し、「むかつくわコペン。かち割ったろか」などと述べた。
- ④の際に、D2が「あほ」などと述べた。
- D2が、職場の機械の故障音になぞらえ、Vが所有する車両に関し、「コペン壊れた?」「コペンボコボコになった?」などと述べた。
- D2が「今日、派遣が一人やめましたわ」などと述べた。
- VがD2に挨拶した際、D2が咳き込み「ごほ、ごほ、ごほ」と応答した。
- D2がVに対し「髪の毛、もっとチリチリにするぞ」、「ライターで」などと述べた。
- 会社の対応等
- Vが、派遣元会社に対し、派遣先の会社の従業員からパワハラ行為を受けている旨の申告をした。
- 申告を受けた派遣元会社は、派遣先会社に対して苦情申出をして、同社が本件を認識した。
- 派遣先会社は、派遣元会社に担当者2名を差し向けて、派遣元会社の事情聴取を行った。
- 派遣先会社は、監視を強化したが、Vに対する事情聴取は行っていなかった。
- Vは、上記申告の約2か月後に、滋賀県紛争調整委員会にあっせん申請を行った。
- あっせんの通知が届いた3日後、派遣先会社は、人事労務部門管理を行っていた管理職が、製造ラインの責任者から事情聴取を行い、翌日、D2らから事情聴取を行った。事情聴取において、D2は、あっせん申請書に記載されていたパワハラの各言動については、記憶がなく仮にあったとしても冗談で言った、記載されている発言はしていない等と述べ、入社当初は厳しく指導したことはあったが、現時点では現場環境は良好であると述べた。
- 人事労務管理職は、Vにも事情聴取し、その際に、監視を強化したが、Vの苦情内容に沿う事実は見受けられなかった旨、および今後も共に仕事をしていくのだから自分や製造ラインの責任者に相談してもらいたい旨を述べた。
- Vによる提訴
- Vは、会社に対し、使用者責任および会社固有の不法行為に基づく損害賠償として慰謝料200万円を請求し、提訴した。
- 判決の概要
- 大阪高裁は、①~⑨につき、包括して不法行為が成立し、Y社も使用者責任を負うとして、D1・D2とY社に対し、33万円(慰謝料30万円+弁護士費用3万円)等の支払を命じた(連帯責任)。
- 派遣先会社固有の不法行為責任については、否定した。
- 判決の理由
- ①~④監督者は、労務遂行上の指導・監督を行うに当たり、粗雑で極端な言辞をもってする指導が当該監督を受ける者との人間関係や当人の理解力等も勘案して、適切に指導の目的を達しその真意を伝えているかどうかを注意すべき義務がある。なお、「殺すぞ」というような極端な言辞は、仮に「いい加減にしろ」という叱責であり、D2が日常的に荒っぽい言い方をする人物であることや実際に危害を加える具体的意思はないことを被監督者が認識していたとしても、特段の緊急性や重大性を伝えるという場合のほかは、被監督者が受忍を強いられるいわれはないところ、本件では、特段の緊急性や重大性はうかがわれない。
- ⑤~⑨「指導に不随してなされた軽口ともみえる発言」」といえるが、「それが1回だけといったものであれば違法とならないこともあり得るとしても、Vによって当惑や不快の念が示されているのに、これを繰り返し行う場合には、嫌がらせや時には侮辱といった意味を有するに至り、違法性を帯びるに至る」。本件では、「監督を受ける者に対し、極端な言辞をもってする指導や対応が繰り返されており、全体としてみれば、違法性を有するに至っている」
- ➉~⑫ D2に悪意や他意があるとまではうかがわれないから、極めて不適切で度を超した発言であるとまではいえない。/⑪(VはD2があえて無視したと主張しているが)経緯や態度等になお不明な点もあり、これのみを抜き出し、あえてD2がVを無視した会話内容であるとまで認めるには足りない。/⑫その前後の遣り取りを通じてみると、この発言は冗談であるとして受け流されているものとみられ、極めて不適切とまではいえない。
- 【慰謝料額の算定に関する考慮事項】
D1・D2らが正社員でVが派遣社員であることも手伝って、両者の人間関係は基本的に反論を許さない支配・被支配の関係となっていたということができる。D1・D2の言辞を個別にみるときには不適切というに止まるものもあるが、中にはVがその種の冗談は明らかに受け入れられないとの態度を示しているのに、繰り返しなされている部分があるのであって、一方的に優位な人間関係を前提に、融通の利かない生真面目な性格を有するVに対する言辞としては、社会通念上著しく相当性を欠きパワーハラスメントと評価することができるといわざるを得ない。ただし、D2らの発言は監督者として、態様および回数において、不注意な逸脱部分はあるものの、Vに対する強い害意や常時嫌がらせの指向があるというわけではなく、態様としても受け止めや個人的な感覚によっては、単なる軽口として聞き流すことも不可能ではない、多義的な部分も多く含まれていることも考慮すべきである。 - 【Vが主張した派遣先会社固有の不法行為責任について】
Vからの事情聴取が迅速に行われたとは言い難い。しかし、D1・D2からの事情聴取の結果、同日時点での職場環境は良好で、具体的な問題が起きていなかったというのであり、派遣先会社の当時の認識からすれば、Vの受け止めの問題とも解する余地があったということもできる。苦情申出の事実認識後1か月のうちに、Vから事情聴取を行わず、監視強化を行うに止まったことや、あっせん申請書到着後、まずはVから事情聴取を行わなかったことが、直ちに派遣先会社固有の不法行為を構成するとまで断定するのは困難である。したがって、派遣先会社固有の不法行為に基づく請求部分は理由がない。
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