Column – 40
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~自殺した従業員へ約6142万円の賠償~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~自殺した従業員へ約6142万円の賠償~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~自殺した従業員へ約6142万円の賠償~
■ パワハラ裁判例~自殺した従業員へ約6142万円の賠償~
- 判例のポイント
- 上司による業務上の注意・指導に悩んだ従業員が自殺した事案。
- 上司による注意・指導は違法とはいえず、上司には不法行為責任が認められない(使用者の使用者責任も認められない)とする一方で、使用者については安全配慮義務違反による固有の責任を認めて、自殺を含めた損害に対する賠償(約6142万円)を命じた。
- 裁判上が違法なパワハラと認めない言動(グレーゾーン)の具体例がうかがえる裁判例である。
- グレーゾーンであっても放置すると会社が民事責任を問われることがあることがわかる裁判例である。
- 行為者(加害者): GとH(主査としてVが処理した書類の審査を担当)
- 受け手(被害者): V(入社16年で地域職から事務センター職に異動し、主任として業務に従事した男性従業員)
- 背景と状況
- Vが異動した職場は、課長D、係長F、主査G・H、主任2名(Vほか1名)、期間雇用社員数名が所属し、席の配置は、D課長の斜め前にV、Vの右横がG主査、G主査の前がH主査、G・Hの横にF係長という状況で、Vの状況について、上司は把握できる状態にあった。
- Vは、業務処理のスピードが遅く就業間際に残業を申し出ることが多く、D課長がGやHら他の社員に仕事を割り振って残業を認めないこともあった。また、Vは頻繁にミスを発生させ、事務室内を小走りにばたばたと動き回ってGやHから注意されたりしていた。
- Vは、赴任後数か月で元の業務への異動を希望し、その後も継続的に異動を希望し続けたが、ハラスメント相談窓口への訴えはなく、数回出されていた異動希望書にもハラスメント等の記載はなかった。他方で、Vは同僚に、「地獄」「早く脱出したい」「こんな所消えて無くなれ」等のメールを送るようになり、実家でもGやHをひどい上司と言うなどしていた。
- G・H両主査の言動等
- (強い口調)「ここのとこって前も注意したでえな。確認せえかったん。どこを見たん。」「どこまでできとん。何ができてないん。どこが原因なん。」「何回も見ようよな。マニュアルをきちんとみながらしたら、こんなミスは起こるわけがない。きちんとマニュアルを見ながら、時間がかかってもいいからするようにしてください。」
(小走りでばたばた走ると)「(大声で)走られん。」「ばたばたうるさい。」 - Vの異動1年後の人員配置変更により、Vが電話をとる回数が増えるとともに、書類のミスとG・H両主査によるミスの指摘が増え、G・Hは、強い口調で叱責するようになり、親しい知人が呼んでいたあだ名「こう」で、「こうっ」と見下すように呼び捨てして叱責した。
- 他方で、G主査は、Vら部下の指導に悩み、ストレス障害、自律神経失調症を発症し、Vのことは精神的に受け付けなくなっているなどと発言した。
- Vの異動後約1年8か月のころには、Vが他の従業員に「死にたい」と言うようになり、その従業員がG・HやF係長に伝えるが、3名とも真剣に受け止めなかった。このころには、Vは体重が15kg減少し(70kg→55kg)、F係長が気にかけるほど体調不良の状態が明らかとなる。
- 異動約2年後に、実家に帰省したVが妹に「一生職場から出られない」と嘆き、実家の居室で自殺した(43歳)。
- 遺族による提訴
Vの遺族(母)が、Vはパワハラを受けて自殺したとして、会社に対して、使用者責任または雇用管理上の義務違反による債務不履行責任に基づき、約8190万円の損害賠償請求をして提訴した。
- 判決の概要
徳島地裁は、G・H両主査の言動は違法とまではいえず、G・Hは不法行為責任を負わないから、会社の使用者責任も認められないとしつつ、会社の安全配慮義務違反は認められるので、会社は債務不履行責任として、約6142万円(逸失利益約3582万円+慰謝料約2000万円+弁護士費用等)の損害賠償義務を負うと判示した。
- 判定の理由: 不法行為責任の否定
G・H両主査の言動は、部下に対する指導としての相当性には疑問があると言わざるを得ないが、部下の書類作成のミスを指摘し改善を求めることは社内ルールであり、主査としてのG・Hの業務である上、Vに対する叱責が日常的に継続したのはVが頻繁に書類作成上のミスを発生させたことによるのであって、理由なくVを叱責していた事情も認められず、G・Hの発言内容は人格的非難に及ぶものとまではいえないから、G・Hの発言の内容は人格的非難に及ぶものとまではいえないから、G・HのVに対する一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認められない。
- 会社固有の責任の肯定
少なくともF係長は、Vの体調不良や自殺願望の原因がG・Hとの人間関係に起因することを容易に想定できたから、F係長およびD課長は、Vの執務状態を改善し、Vの過度の負担が生じないように異動を含めた対応を検討すべきであったところ、特に対応していないから、事業主には安全配慮義務違反が認められる。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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