パワハラ防止研修で学ぶ判例~自殺と不法行為の相当因果関係認めず~

Column – 41
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パワハラ防止研修で学ぶ判例~自殺と不法行為の相当因果関係認めず~

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パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。

【目次】

  1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
  2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
  3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
  4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
  5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
  6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
  7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
  8. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~自殺と不法行為の相当因果関係認めず~
  9. まとめ

 1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。  


当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。  



 2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。  


また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。  


   

 3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景

パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。  


また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。  


裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。  



 4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動

どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。  


職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。



 5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯

裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。  


これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。  



 6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠

パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。  


裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。  



 7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任


■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任

パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。  


一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。  


不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。   


もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。 



 8. パワハラ裁判例~自殺と不法行為の相当因果関係認めず~


■ パワハラ裁判例~自殺と不法行為の相当因果関係認めず~

  • 判例のポイント
    • 繰り返し不適切な行為をする従業員Vに対し、上司が我慢の「決壊点」を超えてパワハラ(精神的な攻撃)に及び、これが一因となって、受け手が自殺した事例。
    • 上司の言動の一部について不法行為を構成するとして精神的苦痛に対する慰謝料等(110万円)を認めたが、不法行為と自殺との相当因果関係は認められないとして、自殺についての損害賠償までは認めなかった。
    • 受け手側にも問題行動がみられた。

  • 行為者(加害者): D店長
  • 受け手(被害者): V(別の家電量販店で20年の勤務経験あるフルタイム非正規の女性。入社約3年。販売・レジ担当)

  • 背景
    • Vは、販売やレジ業務で、社内規定や取扱いに反する不適正・禁止されていた処理を繰り返した(A.値引き対象でない商品を値引き販売した、B.テレビのリサイクル料の不適切な処理をした、C.自ら顧客の修理品を回収して持ち込み、顧客の修理代金を立替払し、修理品を自ら顧客に配達しようとした、D.夫が勤務していた会社に商品を値引き販売することを繰り返し、販売先が転売していた(当該架電量販店は卸販売が禁止されていた))。

  • D店長の行為
    1. A.B.Cの行為について、注意書3通を作成させた(注意書は、顛末書や始末書のような性質を有するものではない)。  
    2. B.を注意したところ、「売ってるからいいやん」と述べたため、声を荒げて叱責した(店長自身が、「だから僕この前、ばちんとキレたんです。あんなキレ方、僕はしませんよ、今まで。」と述べたほどの態様)。
    3. Vに社内ルールを逸脱する不適切な行動が続いたため、被告会社本部からVを販売・レジ業務に関わらない業務に配置換えするようにとの指示があり、適当な配置換え先がなかったため、競合店舗の価格調査業務およびプライス票の作成業務に配置変更することとしてVに意向打診した。当該業務は、一人でほぼ毎日競合店舗に赴き全ての商品についての価格調査を5,6時間ほどかけて行う極めて特異で過重な内容の業務であったため、Vが強い忌避感を示し、「私をやめさせるためですか」と発言した。
    4. 3の配置変更に伴って店舗の従業員全体の担当業務の調整の必要が生じてシフト変更を行ったところ、Vの勤務シフトについて、Vの希望で土曜日が勤務日となっていたものから日曜日を休日とするシフトに変更した。

  • Vの自殺
  • 上記3,4に不満を抱くVと店長との話し合いの翌朝午前に、Vは同僚とのLINEグループに「辞めることにしました」とのメッセージを送信し、自宅で縊頚により自死した。


  • 遺族による提訴
  • Vの夫とVの子が、D店長の一連のパワハラによりVが自死したとして、D店長と会社に対し、連帯して約3500万円等の損害賠償を請求して提訴した。


  • 判決の概要
    • 大津地裁は、3.(配置換え指示)のみ不法行為を構成するとして、D店長と会社に対して、連帯して110万円(Vの慰謝料100万円+弁護士費用10万円)の支払いを命じた(父と子が各55万円ずつ)。


  • 判決の理由
    • 3.(配置換え指示)は、業務の適正な範囲を超えた過重なものであって、強い精神的苦痛を与える業務に従事することを求める行為であるという意味で、不法行為に該当する。  


      1.(注意書の徴求)は、業務上の必要性および相当性が認められる行為であり、パワハラ(業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える行為)の一環であると評価することはできない。  


      2.(叱責)は、何度も不適切な処理を繰り返したVに十分な反省が見られず、「売ってるからいいやん」と反論されたため、一時的に感情を抑制できずにされた叱責にすぎず、叱責の内容自体が根拠のない不合理なものであったというわけでもないし、これ以外に大声での叱責が反復継続して繰り返し行われていたとか、他の従業員の面前で見せしめとして行われていたなど、業務の適正な範囲を超えた叱責があったわけではないから、パワハラの一環であったと評価することはできない。  


      4.(シフト変更)は、Vの配置換えに伴う店舗の従業員全体の担当業務の調整という業務上の必要性から行われたものであり、意に反するシフト変更を行ったことのみをもってパワハラの一環であったと評価することはできない。  


    • (パワハラと自死との相当因果関係)配置換え指示(3)と自死との間に条件関係(事実的な原因と結果の関係)は認められるが、退職を飛び越えていきなり自死に至ることは通常は想定できず予見可能性がないから、配置換え指示と自死との間の法的な「相当因果関係」までは認められない(自死について損害賠償責任は否定)。 

    • 会社は使用者責任(民法715条)によりD店長と連帯して責任を負う。 

    • (原告は会社の職場環境配慮義務違反も主張したが)店長等の管理職従業員に対してパワハラの防止についての研修を行っていること、パワハラに関する相談窓口を人事部と労働組合に設置した上でこれを周知するなど、パワハラ防止の啓蒙活動、注意喚起を行っていること、相談窓口が実質的に機能していたことなどから、会社がパワハラを防止するための施策を講じるとともに、パワハラ被害を救済するための従業員からの相談対応の体制も整えていたと認めるのが相当であり、職場環境配慮義務違反を認めることはできない。 



 9. まとめ

今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。


近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。  



 最後に

パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。


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