Column – 45
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~被害者自殺の損害賠償として約1億円~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~被害者自殺の損害賠償として約1億円~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~被害者自殺の損害賠償として約1億円~
■ パワハラ裁判例~被害者自殺の損害賠償として約1億円~
- 判例のポイント
- いわゆる「ブラック」な職場における、上司の新人医師に対するパワハラ(身体的な攻撃・精神的な攻撃・過大な要求)により、受け手がうつ病を発症して自殺した事案。
- 使用者の安全配慮義務違反と自殺の相当因果関係を肯定し、自殺についての損害賠償まで認めた。
- 公立病院における事案のため、国家賠償請求訴訟となっている。
- 行為者(加害者): D1(整形外科医長)、D2(整形外科部長)
- 受け手(被害者): V医師(2年間の研修医を終えて半年、大学病院から派遣された専門医1年目の新人医師。うつ病を発症して自殺)
- D1医長の言動
- 握り拳で1回ノックするようにV医師の頭を叩いた。
- その仕事ぶりでは給料分に相当していないこと、これを「両親に連絡しようか。」などと言った。
- D2部長の言動
- D1医長がV医師の頭を叩いたことに関して、院長からD1を指導するように言われたにも関わらず、行わなかった。
- 手術の際に、V医師に対し、「田舎の病院だと思ってなめとるのか。」と言った。
- Vの自殺
- Vはうつ病を発症し、自殺した。
- 遺族による提訴
- V医師の父母が、D1・D2および勤務先病院を被告として損害賠償請求訴訟を提起した。
- 判決の概要
広島高裁松江支部は、使用者である公立病院組合(特別地方公共団体)に対し、合計約1億111万円(逸失利益+V医師の死亡慰謝料+弁護士費用等)の賠償を命じた(国賠事案であるため、D1らは責任を負担しない)。
- 判決の理由
- D1・D2の言動は、威圧ないし侮辱的で、「社会通念上許容される指導または叱責の範囲を明らかに超えるものである」。
- V医師の前任医師らが、そろって、V医師の配属科は「専門医としての経験が1年ないし2年といった者には負担が大きかったこと、D1やD2に相談すると怒鳴られたり、無能として攻撃されたりするので、質問するのを委縮するようになったこと、D1らから患者や看護師らの面前でも罵倒されたり、頭突きや器具で叩かれるなど精神的にも相当追い詰められたこと等を供述し、実際に半年で本病院を去った医師が3名存在する。
- D1・D2は、「経験の乏しい新人医師に対し通常期待される以上の要求をした上、これに応えることが出来ず、ミスをしたり、知識が不足して質問に答えられないなどした場合に、患者や他の医療スタッフの面前で侮辱的な文言で罵倒するなど、指導や注意とはいい難い、パワハラを行っており、また質問をしてきた新人医師を怒鳴ったり、嫌味をいうなどして不必要に委縮させ、新人医師にとって質問のしにくい、孤立した職場環境となっていたことは容易に推認することができる」
- V医師は、前任者らと同様、度々、D1・D2から患者や看護師らの面前で罵倒ないし侮辱的な言動を含んで注意を受けていたことは容易に推測され、このような状況の下でV医師は一層委縮し、D1・D2らに質問もできず1人で仕事を抱え込み、一層負荷が増大するといった悪循環に陥っていったものと認められる」
- D1・D2は、V医師の勤務負担の軽減やより基本的な内容についても指導を行うなどの配慮を示していたものの、威圧ないし侮辱的な言動を継続しており、V医師を精神的・肉体的に追い詰める状況が改善・解消したものとは認められない。
- 以上を総合すると、V医師は、うつ病等の原因となる程度の長時間労働を強いられていたうえ、質的にも、専門医として1年目というV医師の経歴に対して相当過重なものであったばかりか、D1・D2によるパワハラを継続的に受けていたことが加わり、これらが重層的かつ相乗的に作用して、一層過酷な状況に陥ったものと評価される。
- D1・D2の言動とV医師のうつ病発症との間には相当因果関係が認められ、V医師の自殺はうつ病の精神障害の症状として発現したと認めるのが相当だから、D1・D2の言動とV医師の自殺との間の相当因果関係も認めることができる。
- 勤務先病院は、V医師の就労環境が過酷であり、V医師が心身の健康を損なうおそれがあることを具体的かつ客観的に認識しえたにもかかわらず、何らの対策を講じることなく、新人医師に我慢してもらい、半年持ってくれればよく、持たなければ本人が派遣元の大学病院に転属を自ら申し出るだろうとの認識で放置していたことすらうかがえるから、勤務先病院には、V医師の心身の健康に対する安全配慮義務違反が認められる。
- 国賠事案であるため、D1らの個人としての不法行為責任は否定され、病院の賠償責任のみが認められる(国賠法の解釈により、公務員個人は責任は負わないとされている)。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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