Column – 48
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~後輩の自殺7332万円の損害賠償を認める~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~後輩の自殺7332万円の損害賠償を認める~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~後輩の自殺7332万円の損害賠償を認める~
■ パワハラ裁判例~後輩の自殺7332万円の損害賠償を認める~
- 判例のポイント
- 閉鎖的な職場における暴君型の先輩隊員による極めて悪質なパワハラ(身体的な攻撃・精神的な攻撃・過大な要求)により、後輩隊員が自殺した事案。
- 上司職員及び行為者にとって自殺は予見可能であったとして、使用者に自殺についての慰謝料・逸失利益を含む損害賠償請求が認められた。
- 自衛隊職員の事案のため、国家賠償請求等訴訟となっている。
- 行為者(加害者): D(Vの先輩である2等海曹)
- 受け手(被害者): V(2等ないし1等海士。自衛官に任官して初めて乗り組んだ護衛艦で船務科電測員として約1年の勤務後、自殺)
- 背景
- Dは、護衛艦Tに船務科電測員として7年以上勤務していた。
- Dは、Vのみならず他の自衛官への粗暴な行為や暴行などがみられ、艦内に自ら購入した市販のエアガンを持ち込む等の行動もみられた。
- Dの言動
- Vが当該護衛艦に乗り組んで数か月後から、Vに対し、仕事ぶりにいらだちを感じたときや単に機嫌が悪いときに、10回程度以上、平手や拳で顔や頭を殴打したり、足で蹴ったり、関節技をかけるなどの暴行をした。また、Vの自殺直前まで頻繁に、エアガン等を用いてBB弾を撃ちつける暴行を加えた。
- Vの自殺の約3ヵ月前ころから、DがVにアダルトビデオを売りつけて、売買代金名下に合計8万円ないし9万円の支払を要求してこれを受領し、さらに、Vの自殺の直前に、アダルトビデオの購入会員の脱会料名目で5,000円の支払いを要求し、これを受領した。Vは分割での代金支払いについて了承を求めるほど経済的にひっ迫したが、Dは給料日後に金員の支払いを強要した。
- 使用者の対応
- Vは、Dから暴行を受け始めて1か月程度たったころに分隊長に対してエアガンで撃たれることを申告したが、何らの措置も講じられなかった。
- 自殺の約1か月前には、先任海曹に対し、後輩隊員に対する暴行の事実が申告され、先任海曹からDに対してエアガンを持ち帰るよう指導が行われたが、Dによるエアガンの撃ちつけ等の暴行が続いた。
- Vの自殺
- Vは、自殺の約1か月前から、同僚に対し、Dに対する嫌悪感を募らせている様子を見て、自殺の方法を調べて話すようになり、自殺の2日前には、Dを「生まれて初めて殺してやりたいと思った。」とまで話していた。
- Vは、護衛艦Tに乗り組んで約1年で自殺した。
- Vが自殺時に所持していたノートの中には、Dを絶対に許さない、呪い殺してやるといった、同人への激しい憎悪を示すことがなどが書き連ねられていた。
- Vの遺族による提訴
- Vの遺族である母と姉が、D(民法709条)と国(国賠法1条1項)に対し、損害賠償請求をして提訴した。
- 判決の概要
- 横浜地裁は、パワハラと自殺との相当因果関係は否定していた。
- 東京高裁は、パワハラと自殺との相当因果関係を肯定し、自殺についての損害賠償責任まで認めて、国に対し、合計約7332万円(Vの逸失利益+Vの死亡慰謝料+Vの葬祭料+遺族の慰謝料+弁護士費用等)の支払いを命じた(国賠事案であるため、Dは責任を負担しない)。
- 判決の理由
- Vは、Dから暴行および恐喝を受けることに非常な苦痛を感じ、それが上司職員の指導によって無くなることがなく、今後も同様の暴行および恐喝を受け続けなければならないと考え、自衛官としての将来に希望を失い、生き続けることがつらくなり、自殺を決意し実行するに至ったものと認めることが相当である。
- 以下の事実関係のもとにおいては、Dおよび上司職員らは、Vの自殺を予見することが可能であったと認めるのが相当であるから、本件違法行為とVの自殺による死亡との間に相当因果関係があると認めるのが相当である(Vの暴行等に対する精神的苦痛だけでなく、自殺についても損害賠償責任も認められる)。
- 上司職員らにおいては、遅くとも、先任海曹にDの後輩隊員に対する暴行の事実が申告されたとき(Vの自殺の約1か月前)以降、乗員からの事情聴取を行うなどしてDの行状、後輩隊員らが受けている被害の実態等を調査していれば、Vが自殺を決意した日の夜までに、Vが受けた被害の内容と自殺まで考え始めていたVの心身の状況を把握することができたということができる。
- Dにおいても、自らVに対して暴行および恐喝を行っていた上、Vと同じ班に所属して業務を行っていたことに照らせば、Vの心身の状況を把握することが容易な状況に置かれていたというべきである。
- 国賠事案であるため、Dの個人としての不法行為責任は否定され、国の賠償責任のみが認められる。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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