パワハラ防止研修で学ぶ判例~社長と会社へ5千万円損害賠償請求~

Column – 49
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
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パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。

【目次】

  1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
  2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
  3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
  4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
  5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
  6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
  7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
  8. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~社長と会社へ5千万円損害賠償請求~
  9. まとめ

 1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。  


当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。  



 2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。  


また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。  


   

 3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景

パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。  


また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。  


裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。  



 4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動

どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。  


職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。



 5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯

裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。  


これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。  



 6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠

パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。  


裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。  



 7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任


■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任

パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。  


一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。  


不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。   


もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。 



 8. パワハラ裁判例~社長と会社へ5千万円損害賠償請求~


■ パワハラ裁判例~社長と会社へ5千万円損害賠償請求~

  • 判例のポイント
    • 暴君型の社長の暴言、暴行および退職強要のパワハラ(身体的な攻撃・精神的な攻撃)を受けた従業員が自殺した事例で、自殺に対する社長と会長の損害賠償(約5414万円)まで認めている。

  • 行為者(加害者): D1(代表取締役社長)、D2(監査役)

  • 受け手(被害者): V(金属ほうろう加工に関連する業務に従事し、自殺時は入社約5年で52歳)

  • 背景
    • Vは、設備や機械を損傷するという事故を含むミスをしばしば起こした。


  • D1社長の言動
    • D1社長は、Vが仕事でミスをすると、「てめえ、何をやってんだ」、「とうしてくれるんだ」、「ばかやろう」などと汚い言葉で大声で怒鳴っていた。あわせてVの頭を叩くことも時々あったほか、Vを殴ることや蹴ることも複数回あった。  

    • D1社長は、Vら従業員に対し、同人らがミスによって会社に与えた損害について弁償するように求め、弁償しないのであれば同人らの家族に弁償してもらう旨を言ったり、「会社を辞めたければ7000万円払え。払わないと辞めさせない。」と言ったこともあった。  

    • 自殺の7日前、D1社長は、Vに対し、大腿部後面を左足および左膝で2回蹴るなどの暴行を加え、全治約12日間を要する両大腿部挫傷の傷害を負わせた。  

    • 自殺の3日前、D1社長がVに対し、退職願を書くよう強要し、Vは退職届を下書きした。下書きには、「私Vは会社に今までにたくさんの物を壊してしまい損害を与えてしまいました。会社に利益を上げるどころか、逆に余分な出費を重ねてしまい迷惑をお掛けした事を深く反省し、一族で誠意をもって返済します。2か月以内に返済します。」などと記載されていた。  


  • Vの自殺
    • 退職届を下書きしたVは、帰宅して、妻に対し、「もう駄目だ、頑張れない、会社を辞める」などと述べた。その際に、妻がVの両足の後ろ側に大きな黒いあざがあるのを見つけて暴行に気づいた。  

    • 翌日(自殺2日前)、妻とVは、病院で診断書を取った後、警察署に行き相談した。  

    • 自殺前日、Vは「仕返しが怖い」と怯え、午後10時ころに仕事から帰宅した後、絨毯に頭を擦り付けながら、「あーっ!ちょっと気晴らしに同僚に会ってくる。」と言って出掛け、翌日午前4時ころ、墓苑内公衆トイレにおいて自殺した。  

    • Vの遺書には、「(妻)へ ごめん!!オレがいると、みんなに迷惑が掛かるので死ぬしかないと思う。オレ自身借金もあるし、プロミス、アコム、アイフル いろいろお金を使い込んでしまったので支払もたいへんだと思う。会社にも迷惑ばかり、かけて物を壊したり、ミスをおかしてトラブルばかりしているのでこの先、会社へ行って、仕事をしても、また同じ失敗をくり返すだろうと思うし、死んで償いをします。」などと記載されていた。  


  • Vの遺族による提訴
    • Vの妻が労災申請し、労基署長は平成22年に不支給決定をしたが、その後の調査結果を踏まえ、平成24年に不支給決定を取り消して支給決定をした。これを受けて、妻と子が、D1社長・D2監査役と会社に対し損害賠償請求をして、提訴した。

  • 判決の概要
    • 名古屋地裁は、D1社長の言動の不法行為を認定し、会社の損害賠償責任(会社法350条)を認めて、D1社長と会社に対し、合計約5414万円(Vの逸失利益約2656万円+死亡慰謝料2800万円+弁護士費用等から損益相殺分を控除した額)の支払いを命じた(連帯責任)。なお、D2監査役の不法行為責任は否定した。  


  • 判決の理由
    • D1社長のVに対する暴言、暴行および退職強要のパワハラが認められる。D1社長のVに対する暴言および暴行は、Vの「仕事上のミスに対する叱責の域を超えて、Vを威迫し、激しい不安に陥れるものと認められ、不法行為に当たると評価するのが相当」である。退職強要も不法行為に当たる。  

    • Vは、仕事においてミスをすることが多くなると、しばしば暴言をし、頭を叩くという暴行をときどき行っており、Vの心理的なストレスとなっていたところ、自殺7日前の暴行は、仕事上のミスに対する叱責の域を超えるものであり、本件暴行がVに与えた心理的負荷は強いものであったと評価するのが相当である。自殺3日前の退職強要は、その態様および退職届の内容からすれば、Vに与えた心理的負荷が強いものであったと評価するのが相当である。したがって、Vは、従前から相当程度心理的ストレスが蓄積していたところに、自殺7日前の暴行および自殺3日前の退職強要を連続して受けたことにより、心理的ストレスが増加し、急性ストレス反応を発症したと認めるのが相当であり、急性ストレス反応により、自殺するに至ったと認めるのが相当である。  

    •  

    • (原告らはD2監査役が日常的に暴言、暴行をなしたことも主張したが)D2監査役については、原告らの主張自体、D2監査役がVに対し日常的に暴言、暴行をしたことがあるという抽象的なものにすぎない上、関係者の供述もVから聞いたことがある、汚い言葉でヒステリックに叫んでいたことがよくあったというものにすぎないから、D2監査役がVに対し、日常的に暴言や暴行を行っていたということを認めるに足りる証拠はなく、原告らが主張するD2監査役のパワハラを認めることはできない。  

    • 原告らは年金等として約533万円の支給を受けているので、これを損益相殺した額が約5414万円となる。  



 9. まとめ

今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。


近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。  



 最後に

パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。


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