パワハラ防止研修で学ぶ判例~被害者の精神疾患を判決で否定~

Column – 63
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パワハラ防止研修で学ぶ判例~被害者の精神疾患を判決で否定~

Column – 63

パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。

【目次】

  1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
  2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
  3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
  4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
  5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
  6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
  7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
  8. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~被害者の精神疾患を判決で否定~
  9. まとめ

 1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。  


当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。  



 2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること

職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。  


また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。  


   

 3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景

パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。  


また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。  


このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。  


裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。  



 4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動

どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。  


職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。



 5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯

裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。  


これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。  



 6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠


■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠

パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。  


裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。  



 7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任


■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任

パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。  


一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。  


不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。   


もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。 



 8. パワハラ裁判例~被害者の精神疾患を判決で否定~


■ パワハラ裁判例~被害者の精神疾患を判決で否定~

  • 判例のポイント
    • 上司の部下に対するアルハラ・パワハラの事案(精神的な攻撃・過大な要求・個の侵害)で、行為者と会社に対し、慰謝料150万円の支払いを命じた判例。

    • 受け手にも一定の問題があった。

    • 受け手はパワハラにより精神疾患を発症したと主張したが、判決は否定した。

    • 携帯電話の留守電メッセージやメールが重要な証拠となっている。


  • 行為者(加害者): D(営業部次長。Vの上司)

  • 受け手(被害者): V(中途入社1年目で営業部所属)

  • 勤務先: ホテル


  • 背景と状況
    • Vは、入社当初から、取引先への回答遅延等のミスが複数回みられた。


  • Dの言動
    1. 飲酒の強要

      • 出張中、Vのミスによる不手際の反省会で、D次長がVにビールを勧めたところ、いつもは付き合いのため少量のビールを飲むVが風邪気味だったこともあり、断った。これに対し、D次長が、「少しぐらいなら大丈夫だろ」「お前、酒飲めるんだろう。そんなに大きな体をしているんだから飲め」「俺の酒は飲めないのか」などと語気を荒げ、執拗にビールを飲むことを要求し、Vは飲酒した。Vは気分が悪くなりトイレで嘔吐し、その旨をD次長に伝えたが、D次長は「酒は吐けば飲めるんだ」などと言って更に飲酒させた。全体の酒量はコップ3分の2程度であった。   

      • 反省会後も、ホテルのバーでD次長がVに酒を勧め、Vは小さめのコップ3分の1程度飲酒した。  

      • Vは数日後に気分が悪くなり有給休暇取得、欠勤を繰り返し、急性肝障害に罹患していることが判明、約半月欠勤し、その間、Vは精神神経科も受信した。  

    2. 運転強要

      • D次長は、Vが体調を崩していたにもかかわらず、レンタカーの運転を強要した。  

    3. メールと留守録による暴言

      • Vが、外出先から一旦帰社するようにとのD次長の指示に従わず、これに気付いたD次長がVに電話しても、既に自宅近くであることを理由にVは帰社を拒否した。憤慨したD次長は、23時ころにメールで「Vさん、電話でないのでメールします。まだ銀座です。うらやましい。僕は一度も入学式や卒業式に出たことはありません。」、さらにVの携帯電話の留守録に「あの、本当に私、怒りました。明日、本部長のところへ、私、辞表を出しますんで。本当にこうゆうのはあり得ないですよ。よろしく。」「こんなに僕が怒っている理由わかりますか。」「本当、僕頭来ました」等と録音した。  

      • その後の出社時に、D次長はVに対し、上記について謝罪した。  

    4. 留守録による暴言

      • Vは平常勤務を続けていたが、精神神経科を受診していた。  

      • Vが夏季休暇を申請していたことを知らなかったD次長が、Vの夏季休暇初日に重要案件の打ち合わせ等をすることをVに伝え、Vは異議を述べなかったが、Vが夏季休暇で出社せず、D次長がVに電話しても、Vは夏季休暇を申請していることはわかることとして出社を拒否した。   

      • このため一人で案件対応したD次長は、23時ころ、Vの携帯電話の留守電に、「出ろよ。ちぇっ、ちぇっ。ぶっ殺すぞ、お前」「お前、辞めていいよ。辞めろ。辞表を出せ、ぶっ殺すぞ、お前」等と語気荒くして録音した。  


  • 会社の対応等
    • ④の留守録を聞いて不安になったVは、夏季休暇明けに労働局労働相談コーナーに相談し、アドバイスに従って、本部長に面会し、留守録を聞いてもらった。本部長は、「D君から君への指揮監督権は剥奪しよう」「人事部から正式な注意をするようにさせよう」と回答した。   

    • その後もVは勤務したが、精神神経科には通院していた。   

    • 本部長は、Vを直接の部下としたが、Vの座席はD次長の座席の隣のままだった(Vからの苦情はなく、D次長とVの業務上の接触も少なくなる)。   

    • (留守録事件から約5か月後)Vの独断で会社に約160万円の費用負担が発生する出稿手続きを進めていたことが判明し、上司Hが対応して被害を最小限に抑えた。   

    • このため会社は、Vを担当業務から外し、年俸を50万円減額して450万円にし、上司Hが説明してVの了解を取り付けた。   

    • その後、D次長が、必要な業務のためにVに期限を付した資料提出を求めたところ、Vは期限を守れず、D次長が連日督促した。   

    • (留守録事件から約7か月後)Vは、営業部責任者との面会時に、精神神経科通院の事実と留守録の件を伝え、その約1か月後から有給休暇をとり、その後も適応障害にて1か月半程度の自宅療養の必要を認めるとの診断書を提出して欠勤した。それ以後の詳しい病状の会社への報告はなかった。なお、会社は90日の休職命令を発令し、これに対してVは異議を出さなかった。   

    • 休職期間満了前に、会社からVに休職期間満了予告通知のメールを出すと、Vからは、担当医に相談している旨と労災認定に向けて労基署に相談している等の返信があった。   

    • そのまま休職期間が満了し、自然退職の処理がなされた。   


  • Vによる提訴
    • Vは、パワハラにより適応障害等を発症したとして、D次長と会社に対し損害賠償請求(慰謝料・休業損害合計約477万円)をするとともに、会社に対し、精神疾患は業務上の疾病であり休職命令・自然退職は無効と主張して、地位確認と賃金を請求して、提訴した。


  • 判決の概要
    • 東京高裁は、①~④についての不法行為を認め、D次長と会社に対して150万円の慰謝料の支払いを命じた(会社は使用者責任により連帯責任)。他方で、休職命令無効と自然退職無効の確認請求については棄却した。 


  • 判決の理由
    1. 飲酒強要は、単なる迷惑行為にとどまらず不法行為法上も違法である。

    2. 僅かな時間であっても体調の悪い者に自動車を運転させる行為は極めて危険であり、体調が悪いと断っているVに対し、上司の立場で運転を強要したD次長の行為が不法行為法上違法であることは明らか。

    3. メールと留守録による暴言は、内容や語調、深夜の時間帯であることに加え、従前のD次長のVに対する態度に鑑みると、Vが帰社命令に違反したことへの注意を与えることよりも、Vに精神的苦痛を与えることに主眼がおかれたものと評価せざる得ないから、Vに注意を与える目的があったことを考慮しても、社会的相当性を欠き、不法行為を構成する。

    4. 留守録による暴言は、留守電に及んだ経緯を考慮しても、不法行為法上違法であることは明らかであるし、その態様も極めて悪質である。


  • 違法とされなかった行為
    • 期限を守れないVに対し、D次長が連日督促したことは、Vの業務が過大という程増大したと認めるに足りる証拠はないから、違法とはいえない。


  • 休職命令と自然退職の有効性について
    • Vが発症した適応障害等がD次長のパワハラ行為によるものと認めることは困難であるから、休職命令は有効である。  

    • Vは会社からの告知を受けていたのに、復職願いや相談等の申出をすることなく自然退職に至ったのだから、退職扱いが権利濫用とはいえない。  



 9. まとめ

今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。


近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。  



 最後に

パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。


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