Column – 66
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~新入社員自殺6941万円損害賠償~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~新入社員自殺6941万円損害賠償~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~新入社員自殺6941万円損害賠償~
■ パワハラ裁判例~新入社員自殺6941万円損害賠償~
- 判例のポイント
- いわゆる「ブラック」な職場における、暴君型の上司による恒常的な長時間にわたる時間外労働や過重な業務、ミスに対する叱責を受けた新卒社員が自殺した事例(精神的な攻撃・過大な要求)で、行為者と会社に対し、自殺に関する損害賠償責任(約6941万円)まで認めた。
- 受け手が新入社員だったことが、パワハラの認定に影響している。
- 使用者に代わって労働者に対して業務上の指揮監督を行う権限を有する者(営業所長)について、労働者が業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう、労働者の時間外労働時間を会社に報告して増員を要請したり、業務内容や業務分配の見直しを行うこと等により、労働者の業務の量等を適切に調整するための措置を執う義務を負っているとした。更に、受け手が新卒社会人である場合には、そのことに配慮する義務を負っているとした。
- 行為者(加害者): D(営業所長 )
- 受け手(被害者): V(家電リサイクル業務等担当の大卒後新入社員。入社後6ヵ月で自殺)
- 勤務先: 運送会社
- 過大な要求
- Vの入社約1ヵ月後から恒常的な長時間にわたる時間外労働を余儀なくされ、入社後3ヵ月(自殺の3ヵ月前)には、時間外労働は月129時間50分にも及んでいた。
- 業務の内容も、空調の利かない屋外において、家電製品を運搬すること等の、経験年数の長い従業員であっても相当の疲労感を覚える肉体労働を主とするものであった。
- V以外の先輩従業員も、D所長から、頻繫に強い叱責を受けて耐えていた。
- D所長の言動
- D所長は、Vがミスをした場合、他の従業員らが周りにいる場合であっても、「何でできないんだ」、「何度も同じことを言わせるな」、「そんなこともわからないのか」、「俺の言っていることがわからないのか」、「なぜ手順通りにやらないんだ」等と怒鳴る等して、Vに強い口調で頻回に叱責し、Vのミスが重大であった場合には、「馬鹿」、「馬鹿野郎」「帰れ」などという言葉を発した。叱責の時間は概ね5分ないし10分程度で、頻度は少なくとも1週間に2、3回程度で、Vにミスが重なれば1日に2、3回に及ぶこともあった。Vは、叱責に口答えをすることはなく、D所長と目線を合わせることもなく、下を向いて一方的に聞いており、?責後、しょげ返っていた。入社6ヵ月後ころ(自殺直前)には「今度何かやったら首だ。」等と告げて15分以上にわたり叱責した。この叱責後は、2、3日は落ち込んだ様子を見せ、解雇や転職に対する不安を周囲に漏らすようになり、酒を飲んでから出勤するというそれ以前には見られない異常な行動を取るようになった。
- D所長は、Vに対し、同人の業務に対する理解度を把握するとともに同人の業務の改善につなげようとの意図の下に、Vの入社直後から業務日誌を書くように指示したものの、書き方等は指導せず、「?」、「日誌はメモ用紙ではない!業務報告。書いている内容がまったくわからない!」、「内容の意味わからないわかるように具体的に書くこと」などと赤字でコメント記載するなどし、新入社員であるVを励まし進歩や成長を褒め努力したことを評価するようなものを1つも記載せず、入社約4ヵ月後ころからは、業務日誌を以前ほど頻繁に確認せず、その作成を注視させるなどの指示も出さないまま、Vをしてその作成を継続させた。
- (Vの遺族が主張したD所長やE所長代理による一連の言動)
- D所長は、Vを叱責する際にVに暴力を振るっていた。
- E所長代理が、顧客の荷物に傷つけたVに対し、必要性のない事故報告書を作成するよう強要した。
- D所長は、Vが足を負傷した際にも業務に就くよう強要した。
- D所長は、出勤簿に不正な記載(実際の労働時間と異なり、出勤簿に記載されている勤務計画どおりの始業・終業時刻を記入する)をするようVに強要していた。
- D所長が、飲酒して出勤したVに対し、「そういった行為は解雇に当たる」などと言って強く叱責し、退職勧奨をした。
- Vの自殺
- Vは入社後約6ヵ月で自殺した。
- Vの遺族による提訴
- Vの両親が、D所長と会社に対し損害賠償請求をして、提訴した。
- 判決の概要
- 仙台地裁は、D所長の不法行為責任を否定していたが、仙台高裁は、①②についてD所長の不法行為責任を肯定し、会社の使用者責任も肯定し、自殺に関する損害賠償も認めて、合計約6941万円(Vの逸失利益+死亡慰謝料+弁護士費用等)の支払いを命じた(連帯責任)。
- 判決の理由
- (叱責)D所長による叱責の態様(言葉使い、口調、叱責の時間、場所)や頻度、Vの叱責中または叱責後の様子等に照らすと、Vに対するD所長の叱責は、社長経験、就労経験が十分でなく、大学を卒業したばかりの新入社員であり、上司からの叱責に不慣れであったVに対し、一方的に威圧感や恐怖心、屈辱感、不安感を与えるものであったというべきであり、D所長の叱責がVに与えた心理的負荷は、相当なものであったと認めることが相当である。
- (業務日誌の作成)Vに対し、D所長による叱責と相まって、相当程度の心理的負荷を与えるものであったというべきである。
- (①②について)Vは、大学を卒業したばかりの新入社員であり、それまでアルバイト以外に就労経験がなかったのだから、上司からの叱責を受け流したり、これに柔軟に対処する術を身に着けていないとしても無理からぬところであり、他の従業員らが、D所長による叱責に対処できていたことをもって、Vに対する心理的負荷が重いものでなかったということはできない。
- (D所長の暴力)D所長がV以外の従業員に暴力をふるったことがなかったことや、目撃者やそのようなことがあったと聞いたことのある者もいないことなどから、D所長のVに対する暴力があったとは認められない。
- ➂(E所長代理による指示)Vは重要な顧客の荷物に傷をつけるという重大なミスをしており、反省を促すために事故報告書の作成を指示したことは、パワハラ評価することはできない。
- ➂(足の負傷)事務作業に支障がでるほどの怪我ではなく、通常と変わらずに仕事をすることができたと認められるから、仮にD所長が「事務でもいいから出勤しろ」などと指示したとしても、業務上の指導として許容される範囲を逸脱したパワハラとまで評価することはできない。
- ➂(出勤簿)出勤簿の不正記載がD所長の強制によると認めるに足りる証拠はないから、この点をもってD所長がVにパワハラを行っていたと評価することはできない。
- ➂(退職勧奨)D所長の発言は、Vの行為が解雇に当たり得るほどの極めて重大な問題行為であることを指摘したものであり、Vの行動は社会人として相当に非難されるだけでなく、会社が運送会社であるということからすれば、会社の社会的信用をも大きく失墜させかねないものであったのであるから、D所長が厳しく叱責したことがVの自殺に至る過程において重要な位置を占める事実であるとしても、これをもって直ちにパワハラとまで評価することはできない。
- ➂(自殺に関する責任について)D所長は、使用者である会社の負う労働者の健康管理義務(健康配慮義務)の内容に従ってその権限を行使すべき義務を負っていたといえるから、Vを就労させるにあたり、Vが業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう、Vの時間外労働時間を会社に報告して増員を要請したり、業務内容や業務分配の見直しを行うこと等により、Vの業務の量等を適切に調整するための措置を採る義務を負っていた。さらに、Vに対する指導に際しては、新卒社会人であるVの心理状態、疲労状態、業務量や労働時間による肉体的・心理的負荷も考慮しながら、Vに過度の心理的負担をかけないよう配慮する義務を負っていた。そして、D所長にはこれらの注意義務の違反があったから、D所長は、Vが自殺し死亡したことについて、不法行為責任を免れない。
- 会社は、使用者責任により、D所長と連帯して損害賠償責任を負う。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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