Column – 73
パワハラ防止研修お役立ちマニュアル
パワハラ防止研修で学ぶ判例~被害者の性格的傾向により素因減額~
パワハラ(パワーハラスメント)、パワハラ加害者(行為者)という言葉を聞かない日はありません。パワハラ(パワーハラスメント)という言葉は2001年に日本で作られた造語ですが、「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について正しい理解をしている人は多くはありません。それは、パワハラ(パワーハラスメント)にはグレーゾーン(確定診断ができない状態)のケースが多く存在しているからです。このコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)防止研修で「パワハラ(パワーハラスメント)とは何か」について理解を深めることができるパワハラ(パワーハラスメント)裁判事例について解説していきます。
【目次】
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
- パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
- パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
- パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例~被害者の性格的傾向により素因減額~
- まとめ
1. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の裁判例の類型は、受け手(被害者)が、行為者(加害者)や使用者(事業主)に対して慰謝料等の損害賠償を請求するケースと、使用者がパワハラ(パワーハラスメント)行為者(加害者)に対して懲戒等の処分をしたことに対して、行為者(加害者)が、処分が重すぎるとして処分の無効確認等を求めるケース(処分を争う行為者)による請求との2つに大きく分けることができます。
当コラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)について、「損害賠償請求(受け手による請求)」と「処分を争う行為者(加害者)による請求」の裁判事例について解説していきます。
2. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に影響を与えること
職場におけるパワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)の置かれている状況がパワハラ(パワーハラスメント)の判断に影響する場合があります。例えば、一般的な社員への厳しい指導よりも新卒社員のように社会人経験に乏しく対応力に限りのある者に対する厳しい指導の方がパワハラ(パワーハラスメント)と判断されやすい傾向にあります。
また、パワハラ(パワーハラスメント)は、役職的に上の立場の者が下の立場の者を見下して、パワハラ(パワーハラスメント)に及んだと思われるケースが多くあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)事案が判断される上で受けて(被害者)の置かれている状況が大きく影響することを理解しながら判例を読み解くことも大切です。
3. パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裏にある背景
パワハラ(パワーハラスメント)の事案では、受け手(被害者)側に、行為者(加害者)から厳しい言動を浴びせられる一因(たとえば、何度指導してもミスが繰り返される等)となったと思われる言動がみられることも多くあります。
また、受け手(被害者)が精神的な問題を抱えていて、それに上司が対応しきれずに受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)を受けたと感じてしまったと思われる事案もあります。
このように、パワハラ(パワーハラスメント)には、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景があり、これを無視して行為者(加害者)を処分するだけでは、事態の根本的な解決にならないこともあります。
裁判だけではなく、社内でパワハラ(パワーハラスメント)が起きた時は、事実確認だけではなく、パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景も丁寧にヒアリングする必要がここにあります。
4. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に見られる言動
どのような言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか分からないという人は多くいると思います。裁判例が不法行為にあたると認定した行為者(加害者)の言動(違法といえるパワハラ)について参考にすると、職場で起きている言動がパワハラ(パワーハラスメント)に該当するか、しないかの判断材料に用いることができます。
職場のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口における事実確認の時も受け手(被害者)からは、裁判例などにみられるように「具体的」に聴き取りをすることが重要です。ただ、「人格を否定されました」だけでは、十分な証拠にはなりえず信用性を肯定することも難しくなります。パワハラ(パワーハラスメント)には、受け手(被害者)の「過剰反応」ともみられる事案があり、裁判例でも、受け手(被害者)がパワハラ(パワーハラスメント)と主張した言動は不法行為には当たらないと判断しているケースがありますので参考にしてください。
5. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判に発展した経緯
裁判に至る背景は裁判により異なりますが、管理職や事実調査の担当者らの対応ミスによって、訴訟に発展したと思われるケースがあります。例えば、懇親会の席での管理職から部下へのパワハラ(パワーハラスメント)を社員間の個人的な問題と判断した会社が十分な被害者対応をしなかったために、被害感情が悪化した被害者が退職後に管理職と会社を被告として訴訟提起した事案があります。また、事実確認担当者が被害者に不用意な発言をしたことで被害感情が悪化した事案などもあります。
これとは対象的に、裁判には至ってはいるが、受け手(被害者)からの通報・相談をきっかけとして使用者が事実確認を適切に行い、行為者(加害者)を処分しているケースもあります。これらの使用者の対応は、パワハラ(パワーハラスメント)事案が発生した場合の事実確認や被害者・行為者(加害者)に対する実際の対応例として参考にしてください。
6. パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
■ パワハラ(パワーハラスメント)の裁判で採用される証拠
パワハラ(パワーハラスメント)の訴訟は、客観的証拠が少ないため、下級審と上級審とでパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定するかの判断が分かれるケースも多くみられます。組織で事実調査をしたところ、受け手(被害者)が主張する行為者(加害者)の言動があったと認めてよいか迷うこともあります。
裁判所が、どのような証拠に基づいてパワハラ(パワーハラスメント)の言動があったと認定したのか、また、被害者の供述の信用性をどのようにして判断したのかがわかる部分について、裁判例を参考に組織の相談対応としての事実確認をする際の参考にしてください。
7. パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
■ パワハラ(パワーハラスメント)の民事上の損害賠償責任
パワハラ(パワーハラスメント)行為をした者は、民法上、不法行為責任を負う(民法709条)可能性があり、その場合は、受け手(被害者)の損害に対して賠償する責任が発生します。
一方、会社も、民事上の損害賠償責任が発生します。その構成に「不法行為責任」と「債務不履行責任」の二つが考えられます。
不法行為責任においては、使用者責任(民法715条)が問題になることが多いといえます。特に、パワハラ(パワーハラスメント)の場合は、業務指導の一環としてなされた行為が問題となることが多いと想定されるため、「事業の執行につき」の要件を満たすことが多くなります。その場合、使用者は、損害賠償責任を負い、その損害賠償の範囲は、不法行為責任を負うパワハラ行為者(加害者)本人と同じものです。
もう一つの債務不履行責任とは、企業に配慮義務の違反があるとして、その債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)を負わせるという考え方になります。安全配慮義務(労働契約法5条)を、パワハラ事案に即して、より具体化した配慮義務ともいえます。同条をさらに進めて、人格的利益(良好な職場環境で働くという利益)が不当に侵害されないよう配慮する義務があるとする考え方です。
8. パワハラ裁判例~被害者の性格的傾向により素因減額~
■ パワハラ裁判例~被害者の性格的傾向により素因減額~
- 判例のポイント
- 身体的な攻撃と精神的な攻撃のパワハラにより受け手が長期休職した事案について、行為者と会社に対し、慰謝料等224万円の賠償を命じた判例
- 算定された損害額は休業損害約1904万円と慰謝料500万円と大きいが、受け手の障害の発生等には受け手の性格的傾向による影響が大きいとして6割の素因減額がなされ、また労災保険の休業補償給付金も受けているため損害額から控除されたため、判決が認容した損害額は約204万円となった。
- 受け手の性格傾向も影響して会社担当者との折衝がもつれ、事態が悪化してしまったといえる。
- 行為者(加害者): D(店長。平成7年4月入社)、E(管理部長)
- 受け手(被害者): V(店長代行。平成9年3月入社)
- 勤務先: 衣料品販売業等を営む会社の店舗
- 背景等
- D店長は、Vが通常よりも店長資格を取得するのが遅れていたこともあり、Vに対し、日頃から他の従業員よりも厳しく接していた。
- 平成10年11月、Vは、従業員間の連絡事項等を記載する「店舗運営日誌」に、「店長へ」として、前日の陳列商品の整理、売上金の入金などに関する店長としての監督責任を含めたD店長の仕事上の不備を指摘する記載をし、その横に「処理しておきましたが、どういうことですか?反省してください。V」と書き添えた。
- 上記記載を見たD店長は、Vにさらし者にされたと感じ、Vを休憩室に呼びつけ「これ、どうゆうこと」、「感情的になっていただけやろ」などと説明を求めた。これに対してVは「事実を書いただけです」「感情的になっていない。2回目でしょう」と答えた上、右手を握りしめ殴るような仕草を見せたD店長に対し「2回目でしょう。どうしようもない人だ」と言い、鼻で笑う態度を示した。
- D店長の言動
- ①上記Vの態度に激昂したD店長は、Vの胸倉を掴み、背部を板壁に3回ほど打ち付けた後、謝罪を求めるVに対し謝る素振りをしながら顔面に1回頭突きをし、口論の後Vが退去しようとしたところ、さらに「まだ、話は終わっていない」と言いながら、Vの首のあたりを両手で掴み板壁に頭部、背中等を1回打ち付けるなどした。
- 上司Fの言動
- ②検査のため入院したVを訪問した上司Fは、D店長を病院に呼び出して経緯を聴取し、談話スペースで、上司Fの立会いのもとVとD店長を面談させ、D店長は何度も謝罪したが、Vは取り合わなかった、上司Fは、D店長の将来もあるので、警察には届け出ないでほしい旨を述べたが、Vは警察に届け出る旨を答えた。なお、上司Fは、治療費はD店長に請求するようにと述べた。
- その後のVの行動
- Vは実家に帰省し、気分が悪いと訴えて脳外科や整形外科を受診し、入院を希望したが、検査の結果、異常は見られないものの「頸部挫傷」で約4週間の加療を要する旨の診断が出た。その後もVは吐き気、めまいなどを訴えて通院を続け、入院を希望したが、異常は認められなかったため入院には至らなかった。Vは療養による欠勤を続けた。
- 平成10年12月、Vは警察に被害届を出し、労基署に療養補給給付申請をした。
- 会社の対応
- 会社は、Vの療養中、給与全額分を支給することとし、労務担当社員が、Vに対し、この支給を継続するためには毎月1回診断書を提出する必要があるとして、口頭ないし書面により再三診断書の提出を求めたが、Vはこの求めに応じないでいた。そこで会社は、平成11年3月分からの給与全額分の支給を停止した。
- Vは、平成11年5月に精神科を受診し、「神経症」の診断書を得てY社に提出した。
- 労務担当社員は、Vに書面を送付し、上記診断書では疾病と本件事件の因果関係が判断できない、因果関係についての記載がある診断書が確認できるまで給与の支払いはできない、因果関係の記載がある診断書の提出がなく、正当な理由なき無断欠勤が続く場合には、退社したものとみなさざるを得ず、もしくは懲戒解雇を検討せざるを得ない、本社に出社の上、これまでの状況の説明を求める、事件当時勤務していた店舗の任務を解くので、店舗近くの社宅を1週間以内に明け渡してもらいたいという旨をVに伝えた。
- Vの行動
- 上記書面を受け取ったVは、蕁麻疹を呈し、救急車にて病院に搬送され、精神的要因による蕁麻疹と診断された。さらにVは、精神科を受診し、「外傷後ストレス障害(神経症)」により引き続き2か月間の休養を加療を要する旨付記した診断書を得て、診断書をY社に送付した。
- 会社の対応
- ④労務担当社員から引き継いだE管理部長は、Vに電話して診断書の提出および面談を求めるとともに、それに応じられないなら労災の休業補償に切り替える必要がある旨申し向けたが、Vはこれに応じなかった。
- E管理部長はVに書面を送付し、労災の休業補償に切り替えるよう求め、電話でその意向を確認したところ、Vが応じる旨回答したので、Y社が医療機関関係者からVの治療に係る記録の提出や説明を受けることを同意する旨の同意書の提出を求めたが、Vは、その後4ヵ月以上にわたり、同意書を提出しなかった。
- E管理部長の言動
- ⑤平成13年7月、VがE管理部部長に電話し、会社内における上記事件の報告書の開示などを求めたところ、2時間以上に及ぶ会話の中で、E管理部長がVに対し、「いいかげんにせいよ、お前。おー、何考えてるんかこりゃあ。ぶち殺そうかお前。調子に乗るなよ、お前」などと声を荒げながら申し向けた。Vは電話の直後に気分が悪くなり、救急車で病院に搬送された。
- Vによる提訴
- Vは、D店長および会社に対して、不法行為による損害賠償請求をして、提訴した。
- 判決の概要
- 名古屋高裁は、①と⑤についてD部長の不法行為責任を認め、D部長と会社に対し、約224万円(慰謝料約204万円+弁護士費用20万円)の賠償を命じた(連帯責任)。
- 判決の理由
- D店長による暴行の違法性は明らかである。
- (Vは、上司Fが「本件事件は労災には該当しない。」「本件事件を警察へ通報しないように命令する」と述べたと主張するが)上司Fがそのように述べたとまでは認め難く、本家事件を警察へ通報しないように要請すると共に、治療費はD店長に請求するように述べたとしても、会社の担当者として必ずしも不当な処置であるとは言い難く、それがVの病状を悪化させた可能性は否定できないものの、不法行為を構成するとはいえない。
- 会社から再三にわたり社内手続きに必要な診断書の提出を求められたのにVがこれに応じなかったなどの経緯からすれば、③がVの病状を悪化させた可能性は否定できないものの、労務担当社員の行為が不法行為を構成するとはいえない。
- 会社が診断書等を求めたのは、給与の支給継続の判断や雇用関係を維持するか否かを検討するためには、Vの病状を客観的に把握する必要があったのに、Vが適時に診断書を送付せず、十分な説明もせず、同意書の提出も遅れるなどしたためであり、会社の行動は、雇用主として社会的に相当な行為である。また、E管理部長らが面談を求めるなどしたのは、長期休職者と定期的に連絡を取り、その現況や病状、会社への復帰の意思などを確認するためであり違法と評価すべきものではない。
- E管理部長の電話での暴言については、声を荒げながらVの生命、身体に対して害悪を加える趣旨を含むものであること等から、本件発言は違法であって、不法行為を構成する。
- ①と⑤は共同不法行為(民法719条)にあたり、D店長はE管理部長と連帯して責任を負う。
- ①と⑤によりVがPTSDに罹患したとは認め難いが、Vは、几帳面で気が強く、正義感が強く不正を見過ごすことができず、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問い詰めるという性格傾向を有していたところ、日頃から厳しくあたられていたD店長からの暴行を受けたこと、その後の休職に関する会社担当者との折衝のもつれを通じ、担当者ひいては会社自体に対して、次第に、忌避感、不安感、嫌悪感を感じるようになり、E管理部長の発言を受けたこと等により、会社がVに危害を加えようとしているという類の被害妄想を焦点とする妄想性障害に罹患したものと認めることが相当である。
- 損害額は休業損害約1904万円と慰謝料500万円等が相当であるが、Vの障害の発生およびその持続には、Vの性格傾向による影響が大きいと認められるので、6割の素因減額(60%を減額)をする(素因減額後の損害額は休業損害約761万円+慰謝料約204万円)。またVは労災保険の休業補償給付金約1038万円を受けているので、休業損害から控除し(全額控除となる)、損害額は約204万円となる。
9. まとめ
今回のコラムでは、パワハラ(パワーハラスメント)の裁判について詳しく解説してまいりました。組織のパワハラ(パワーハラスメント)相談窓口に寄せられた相談の初動対応を間違えると被害感情が悪化して裁判に至るケースも多くあります。パワハラ(パワーハラスメント)が起きた背景は事案により異なりますが、受け手(被害者)の心情に配慮しながら、パワハラ裁判事例を参考にしつつ、慎重に対応をすることが求められます。
近時は、パワハラ(パワーハラスメント)の事案が増えており、最悪のケースになると命を失う人も出てきます。パワハラ(パワーハラスメント)は企業と個人の存立に多大なる影響を及ぼすリスクの高い経営課題であると認識し、パワハラ裁判に至ることがないよう企業も従業員も尽力することが重要です。
最後に
パワーハラスメント(パワハラ)対策でお困りの企業様は、一般社団法人パワーハラスメント防止協会までご連絡ください。パワーハラスメント(パワハラ)加害者(行為者)更生支援研修、パワーハラスメント(パワハラ)防止研修をはじめ、パワーハラスメント(パワハラ)を防止するための各種サービスをご提供しております。日本全国の皆さまからのご連絡をお待ちしております。
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