パワハラ裁判例~新入社員自殺6941万円損害賠償~
パワハラ裁判例~新入社員自殺6941万円損害賠償~
パワハラ裁判例~新入社員自殺6941万円損害賠償~
- 判例のポイント
- いわゆる「ブラック」な職場における、暴君型の上司による恒常的な長時間にわたる時間外労働や過重な業務、ミスに対する叱責を受けた新卒社員が自殺した事例(精神的な攻撃・過大な要求)で、行為者と会社に対し、自殺に関する損害賠償責任(約6941万円)まで認めた。
- 受け手が新入社員だったことが、パワハラの認定に影響している。
- 使用者に代わって労働者に対して業務上の指揮監督を行う権限を有する者(営業所長)について、労働者が業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう、労働者の時間外労働時間を会社に報告して増員を要請したり、業務内容や業務分配の見直しを行うこと等により、労働者の業務の量等を適切に調整するための措置を執う義務を負っているとした。更に、受け手が新卒社会人である場合には、そのことに配慮する義務を負っているとした。
- 行為者(加害者): D(営業所長 )
- 受け手(被害者): V(家電リサイクル業務等担当の大卒後新入社員。入社後6ヵ月で自殺)
- 勤務先: 運送会社
- 過大な要求
- Vの入社約1ヵ月後から恒常的な長時間にわたる時間外労働を余儀なくされ、入社後3ヵ月(自殺の3ヵ月前)には、時間外労働は月129時間50分にも及んでいた。
- 業務の内容も、空調の利かない屋外において、家電製品を運搬すること等の、経験年数の長い従業員であっても相当の疲労感を覚える肉体労働を主とするものであった。
- V以外の先輩従業員も、D所長から、頻繫に強い叱責を受けて耐えていた。
- D所長の言動
- D所長は、Vがミスをした場合、他の従業員らが周りにいる場合であっても、「何でできないんだ」、「何度も同じことを言わせるな」、「そんなこともわからないのか」、「俺の言っていることがわからないのか」、「なぜ手順通りにやらないんだ」等と怒鳴る等して、Vに強い口調で頻回に叱責し、Vのミスが重大であった場合には、「馬鹿」、「馬鹿野郎」「帰れ」などという言葉を発した。叱責の時間は概ね5分ないし10分程度で、頻度は少なくとも1週間に2、3回程度で、Vにミスが重なれば1日に2、3回に及ぶこともあった。Vは、叱責に口答えをすることはなく、D所長と目線を合わせることもなく、下を向いて一方的に聞いており、?責後、しょげ返っていた。入社6ヵ月後ころ(自殺直前)には「今度何かやったら首だ。」等と告げて15分以上にわたり叱責した。この叱責後は、2、3日は落ち込んだ様子を見せ、解雇や転職に対する不安を周囲に漏らすようになり、酒を飲んでから出勤するというそれ以前には見られない異常な行動を取るようになった。
- D所長は、Vに対し、同人の業務に対する理解度を把握するとともに同人の業務の改善につなげようとの意図の下に、Vの入社直後から業務日誌を書くように指示したものの、書き方等は指導せず、「?」、「日誌はメモ用紙ではない!業務報告。書いている内容がまったくわからない!」、「内容の意味わからないわかるように具体的に書くこと」などと赤字でコメント記載するなどし、新入社員であるVを励まし進歩や成長を褒め努力したことを評価するようなものを1つも記載せず、入社約4ヵ月後ころからは、業務日誌を以前ほど頻繁に確認せず、その作成を注視させるなどの指示も出さないまま、Vをしてその作成を継続させた。
- (Vの遺族が主張したD所長やE所長代理による一連の言動)
- D所長は、Vを叱責する際にVに暴力を振るっていた。
- E所長代理が、顧客の荷物に傷つけたVに対し、必要性のない事故報告書を作成するよう強要した。
- D所長は、Vが足を負傷した際にも業務に就くよう強要した。
- D所長は、出勤簿に不正な記載(実際の労働時間と異なり、出勤簿に記載されている勤務計画どおりの始業・終業時刻を記入する)をするようVに強要していた。
- D所長が、飲酒して出勤したVに対し、「そういった行為は解雇に当たる」などと言って強く叱責し、退職勧奨をした。
- Vの自殺
- Vは入社後約6ヵ月で自殺した。
- Vの遺族による提訴
- Vの両親が、D所長と会社に対し損害賠償請求をして、提訴した。
- 判決の概要
- 仙台地裁は、D所長の不法行為責任を否定していたが、仙台高裁は、①②についてD所長の不法行為責任を肯定し、会社の使用者責任も肯定し、自殺に関する損害賠償も認めて、合計約6941万円(Vの逸失利益+死亡慰謝料+弁護士費用等)の支払いを命じた(連帯責任)。
- 判決の理由
- (叱責)D所長による叱責の態様(言葉使い、口調、叱責の時間、場所)や頻度、Vの叱責中または叱責後の様子等に照らすと、Vに対するD所長の叱責は、社長経験、就労経験が十分でなく、大学を卒業したばかりの新入社員であり、上司からの叱責に不慣れであったVに対し、一方的に威圧感や恐怖心、屈辱感、不安感を与えるものであったというべきであり、D所長の叱責がVに与えた心理的負荷は、相当なものであったと認めることが相当である。
- (業務日誌の作成)Vに対し、D所長による叱責と相まって、相当程度の心理的負荷を与えるものであったというべきである。
- (①②について)Vは、大学を卒業したばかりの新入社員であり、それまでアルバイト以外に就労経験がなかったのだから、上司からの叱責を受け流したり、これに柔軟に対処する術を身に着けていないとしても無理からぬところであり、他の従業員らが、D所長による叱責に対処できていたことをもって、Vに対する心理的負荷が重いものでなかったということはできない。
- (D所長の暴力)D所長がV以外の従業員に暴力をふるったことがなかったことや、目撃者やそのようなことがあったと聞いたことのある者もいないことなどから、D所長のVに対する暴力があったとは認められない。
- ➂(E所長代理による指示)Vは重要な顧客の荷物に傷をつけるという重大なミスをしており、反省を促すために事故報告書の作成を指示したことは、パワハラ評価することはできない。
- ➂(足の負傷)事務作業に支障がでるほどの怪我ではなく、通常と変わらずに仕事をすることができたと認められるから、仮にD所長が「事務でもいいから出勤しろ」などと指示したとしても、業務上の指導として許容される範囲を逸脱したパワハラとまで評価することはできない。
- ➂(出勤簿)出勤簿の不正記載がD所長の強制によると認めるに足りる証拠はないから、この点をもってD所長がVにパワハラを行っていたと評価することはできない。
- ➂(退職勧奨)D所長の発言は、Vの行為が解雇に当たり得るほどの極めて重大な問題行為であることを指摘したものであり、Vの行動は社会人として相当に非難されるだけでなく、会社が運送会社であるということからすれば、会社の社会的信用をも大きく失墜させかねないものであったのであるから、D所長が厳しく叱責したことがVの自殺に至る過程において重要な位置を占める事実であるとしても、これをもって直ちにパワハラとまで評価することはできない。
- ➂(自殺に関する責任について)D所長は、使用者である会社の負う労働者の健康管理義務(健康配慮義務)の内容に従ってその権限を行使すべき義務を負っていたといえるから、Vを就労させるにあたり、Vが業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう、Vの時間外労働時間を会社に報告して増員を要請したり、業務内容や業務分配の見直しを行うこと等により、Vの業務の量等を適切に調整するための措置を採る義務を負っていた。さらに、Vに対する指導に際しては、新卒社会人であるVの心理状態、疲労状態、業務量や労働時間による肉体的・心理的負荷も考慮しながら、Vに過度の心理的負担をかけないよう配慮する義務を負っていた。そして、D所長にはこれらの注意義務の違反があったから、D所長は、Vが自殺し死亡したことについて、不法行為責任を免れない。
- 会社は、使用者責任により、D所長と連帯して損害賠償責任を負う。
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